虚心に向き合う
「虚心にその人と向き合う、無心に話を聞く、先入観を持たず、ひたすらひたむきに相手の行為や言葉に触れる……そのことの外に、正しく人とつきあう方法などないはずです。人との向き合い方に方法論があるとしたら、育児とは、その人づきあいというものに欠かせない最も基本的な部分を象徴したものかもしれません」 浜文子 『育母書』より
もう何か月も前のことだけれど、久しぶりにきちんと”聴くこと”を必要とする仕事をやっている最中に、自分で気づいてぎょっとしたことがあります。知らず知らずのうちに、”問題”が存在することが前提として自分の中にあり、”問題”をさがしながら、探りながら”聴いて”いる自分にその場で気づいたのです。
そして、つい先々週あたり。息子君がかんしゃくを頻繁に起こす日が何日か続いていました。側にいる私は、「きっと○○で怒っているのか」「△△の気持ちなのかもしれない」とその場で”分析”を、これも知らず知らずのうちにしては、息子に付き合っていたのですが、息子のかんしゃくはおさまりはせず、相変わらず続きました。
そうして煮詰まってきたある日に、ふと手元にとった本の、ふと開いた箇所に冒頭の言葉があったのです。
「そうなんだよな・・・ 物に対する構えができていて、その構えを前提に人の話を聴いていたり、すぐに理屈、理屈で処理しようとする癖が私にはある。ただそのまま感じること、先入観を捨て、ただそのまま無心に相手の声、言葉に耳を傾けること、ただそこに共にいること・・・それが抜けていたなぁ・・・」と気づかされました。
それから1週間ちょっとは過ぎたでしょうか。気づけば、息子君のかんしゃくはもう消えていました。
※写真は、ボク(1歳5カ月の息子)が、私の持っていたデジタル一眼レフのシャッターをぱしゃぱしゃと押し、撮影した、ボクの作品です。「ボクの視点、世界だよ!」







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