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Tuesday, 25 October 2005

笑う門

madan
今日、読み物をしていたら、「宇宙は粒子で満ちている」を「宇宙は餃子で満ちている」と読んでしまい、一人で大笑いしてしまった。
私は、聞いたり読んだりしたことを、頭の中ですぐに視覚化するので、「餃子で満ちている宇宙」の映像が頭の中に浮かび上がってしまい、これを書いている今もけらけらと笑いが止まらない。

今、私は笑いを忘れている。
だから、この「笑い」は、今の私に、大事な感覚を思い出させてくれたようで、本当にありがたかった。

先週の金曜日から、しんどいことが起こっていて、実は今週になって仕事は全部休んでいる。

でも、金曜日にこのことが起こる前に、水曜日から予知するかのように不安感は襲っていた。
この日、学生と会っていて、「今、この本を読んでいるんです」と差し出してくれた、江原啓之さんの本。「私も結構読んでいるのよ」と言いながら、ぱらぱらとめくって、ぎょっとした。「婦人科系の病気-母性が欠けていることを表している」が目に飛び込んできたのだ。その時、目の前にいる学生に対してもそうだったのだが、優しさや思いやり、そして、その学生とも話題になった「愛」を、自分が日に日に忘れていっているのを自分で感じていて、ものすごく焦っていた。焦れば焦るほど、どんどん見失っていく。そこへ飛び込んできたこの一行。「やっぱり・・・」と思った。

そして、金曜日を迎えた。

日曜日に毎週通い続けている高麗神社に行った。
在日の方々が集まって、マダン(마당)をやっていた(この話についてはいずれ・・・写真がマダンの様子)。
今の自分がどういう心持ちでいたら良いのかが全く分からなくなっていたので、「ご示唆ください」と願いながら、おみくじをひいた。

それから、昨日、今日と過ごした。
時間を追うごとに、自分自身が濁流にはまりこんでいき、身も心も苦しくなるので、今日も高麗神社に行った。
日曜日もそうだったけれど、ここ最近では珍しい晴天で、空の青と太陽の光が印象的だった。
日曜日と同じように願いながら、おみくじをひいた。

何と、日曜日にひいたおみくじと、今日ひいたおみくじは全く同じだった。

実は、日曜日、ひいたおみくじを何度読んでも、少しも理解することができず、しまいには夫に解説してもらったのだが、それでも頭にも心にも入ってこなかったのだ。

「今日という日は二度と来ないのだから、今日一日を元気一杯に過ごしなさい」

「意志強くおごり高ぶることなく信神すれば、龍の風や雲を得て天に昇るように出世します。辛抱が第一です。」

日曜日にこれを読んだものの、それから今日までの過ごし方はひどいものだった。
そして、今日、もう一度これを読んで、そしてしばらく後に、冒頭の「笑い」があって、そしたら、ようやく「こうあればいいんだ」というのが分かったような気がする。
(「出世は望んでいないのだけれど・・・」と広辞苑をひいたら、出世って出生の意味もあるのね!)

笑うこと、笑い方も忘れていた。

ずいぶん前のおみくじにも「つらいときは、苦虫をつぶした顔をしているのではなく、にこにこと笑っていなさい」とあった。

あれこれくよくよと考え続けていても、いい事もやってこないし、いい考えも浮かばないし、苦しみは強くなる一方。

「笑う門には福来たる」と言うじゃない?
笑っていたら、いいこと呼ぶことできるかな?


今日はカレーを作ったよ。皮むきは座ってやったけど。まだカレー粉が入っていないけれど(それはカレーとは言わないんじゃ・・・)、結構美味しくできたかも┐(  ̄― ̄)┌ フッ 自信作。

因みに、「餃子の宇宙」を私にもたらしてくれたのは、我が父のブログ記事でした。
見栄っ張りで照れ屋の私は面と向かって言えないけれど、父に深く感謝。
父は何にも知らないけれどね。

Wednesday, 19 October 2005

秋桜

cosmosp

仕事も家事も育児も適度なペースでやればいい。

人が聞くと「そんな当たり前のこと」と言いそうなくらい、本当に当たり前のことなのに、今頃になって気づいた。

cosmosw


何でも120%くらいやっていないと、やっている気がしない。というか安心しない。とにかく強迫的。
去年の頭の半年は、明らかにキャパオーバーだという量の仕事を抱え込み、家事もやらねば自分は失格だと、高い目標を立ててやろうとした。でも、そんな無謀なことは、私のような不器用で要領の悪い人間には、とうていこなせるわけもなく、気づいたら、出来ていないことが自分の前に山積みになっていることに気づき、そして、破綻した。

春に復職。
それから、夏休みという中休みをはさんで、秋を迎えた。

9月になって、春にお空に見送った天使ちゃんが、どうもまたやってきてくれたようなので、仕事のやり方を始め、日々の過ごし方を変えざるを得なかった。

「手を抜く」と「力を抜く」の違いが、始めは分からなくて、ただ無責任で、いい加減に暮らしているように感じていた。でも、この生活を1ヶ月ほど過ごしてみたら、少しだけど、「力を抜く」をどうやってやったらいいのかが分かってきたような気がする。

私は、仕事をやるなら仕事100%、家事、育児をやるならそれも100%やらなければいけないんだ、とずっと思っていた。
今日まで思っていた。
そんなの出来るわけないよねぇ。

今日、半日、一人で家でゆっくりする時間があったので、テレビをみたり、本を読んだりして過ごしていた。
大地真央さんの会見を聞いたり、雑誌で、押田比呂美さんの記事を見たりして、で、お風呂に入ってぼーっとしていたら、ふと浮かんだのだ。冒頭に書いた言葉が。

半年間の休職を経験して、そして、その間に流産ということも経験して、自分なりに考えては来た。私は仕事でキャリアを積みたいわけでもないけれど、適度に社会に接していた方が、自分自身が自信も持っていられるし、そりゃ、くたびれることはあるけれども、相対すると、精神的に安定して、元気で、笑顔で家にいられることに復職して気づいた。
子供を迎えるにあたって、「仕事を優先するなんて・・・」とずっと悩んでいたけれど、流産してしばらくして気づいたように、私はできるだけ安定して、元気で、笑顔でいたいから、そしたら、仕事も私にとっては今はむしろいい影響をもたらしてくれているかもしれないのだ。だから、今の生活はしばらく続けてみようと思うようになった。

たぶん、全部を100%でやろうなんて目標を立てるから、自分が苦しくなるのだ。

仕事でものすごい成功を目指すわけでも、模範になるようなものすごい母親を目指すわけでもないのだから、適度なペースでやっていれば十分なんだよね。

写真は、曼珠沙華が終息したあとの巾着田。
コスモスは誕生花ということだけでなく、私が最も好きな花。
素朴さと優しさと、でも芯の強さが感じられて、とにかく惹かれる花。

cosomosbatake

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