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Wednesday, 14 November 2007

願いを叶えたいならば・・・

友人(と言っても私の父親ほどの年齢差がありますが)が、願いを叶えるために長らく続けていることについて話してくれたときがありました。

私も特にここ数年、叶えたい願いがあって、願いを叶えるためには自分はどう在ったらいいのだろうか・・・ということを模索し続けていました。

もちろん、叶えたい願いはそれは小さな頃からあり、その都度「お願い」はしてきたものの、叶うように願うのは本当に難しく、私はだいたいにおいてうまくできずに来たように思います。

友人のその話を聞いて、自分なりにここ数年考えてきたことを整理し、気づいたことを列挙してみました。

◎こだわり、執着を捨てる(「願うこと」と一見矛盾するので、とても難しいことであるのだけれど)。
◎目の前のこと、今のこと、その日一日を大切にする。
 一日、平穏無事に暮らせたことを感謝する。
◎先祖・親を大切にする。
◎全てのことに意味がある。
 自分の今すべきこと、課題がそこにある。
 →見つけたら、「願い」とはたとえ逆方向のことに思われたとしても、それを大事にして頑張る。
◎何でもpositiveに。またはpositiveな面を見つけるようにする。
◎人の世話をする、人に与える。
 →ただし、決して「見返り」を求めない。
  「見返り」を求めたならば、それは本当の意味で「相手のため」ではない。
◎何事にも感謝をする。物にも人以外にも、そして苦手な人にも。
◎人以外のものも大事にする。たとえば、動物、植物など。
◎人生のんびり、ゆったりと。焦る必要はないし、焦れば焦るほど、遠ざかるものである。
◎仕事や、自分と関わってくれた全ての人に感謝をする。
◎自分自身が、笑顔、Happy、穏やかでいられること。またそういられるよう努めること。

Wednesday, 07 November 2007

フジコに出会う

少し前のことになりますが、11月3日の文化の日、この日は夫の誕生日でもあるので、私と夫とべびさん(まだ「誕生日」はないけれど・・・)のお誕生日プレゼント第2弾に出かけてまいりました。

フジコ・ヘミング&ミッシャ・マイスキー@東京文化会館。
今回もらったパンフレットで気づいたのですが、フジコはスペルをFujikoからFuzjkoに変えていました。その理由を聞くことはなかったのですが、きっと自分のアイデンティティにまた新たな在り方が出てきたのかな・・・と推測しました。

フジコ・ヘミングを初めて知ったのは、1999年頃、まだ今のようには知られていなかったのですが、NHKの番組で取り上げられたとき。

それから今まで、この人の語りとピアノの音色に何度も何度も慰められてきたのにも関わらず、ライブで聴くのは今回がまったく初めてでした。

私のフジコに寄せる想いは(ピアノの音色だけではなく、むしろその波瀾万丈な人生、人柄、生き方、哲学、絵、そして猫が大好きなこと)、語り始めると、ものすごく長くなると思うので、ここでは書きません。ただ、私自身が、ものすごく苦しく、辛く、何度も人生をあきらめかけた数年間を過ごしていた時期に、彼女に出会い、映像で見る彼女と、彼女の醸し出す音色に、心から慰められ、支えられ、ここまで来たことだけ記しておきます。

初めてライブで聴いた彼女の醸し出す音色。
悲哀、苦しみ、優しさ、強さ、激しさ、太さ、ほとばしるエネルギー、「人生は大変だけれど、でも生きていかなきゃ」・・・

聴いていてそんな言葉が浮かびました。
今回、生で初めて聴いて気づかされたのは、彼女の演奏の特徴。
彼女は、音を埋めるように弾くのではなくて、むしろ”間(ま)”を上手に作り、音と音の間の間を味わいながら弾いている、そういう印象を持ちました。

彼女の演奏は誰にも真似できない個性的なものです。

ショパンを弾くフジコではなく
フジコのショパン、
フジコのリスト
になっているのを感じました。
私は、この人の演奏のそこに惹かれるのだと思います。

確かに音はよく外すけれど、誰にも真似できない個性的な表現、しかもそれが聴く人の心を深く強く揺り動かすほどの力を持つ。
私も彼女の演奏の中でも一番大好きな曲、ラ・カンパネラでは、たぶん人中で音楽を聴いて、ここまでぼろぼろ涙を流したのはまったく初めてだと言えるほど泣けて泣けて仕方がありませんでした。

それでこそ、芸術家なのだと思います。

この数日後、テレビで米良美一さんが出演していて「誰が認めてくれなくたって、演歌が好きならみかん箱の上で歌っていればいい」と話していましたが、フジコの演奏と、米良さんの言葉があわさって、私の心に響いてきました。

ここではまったく触れられなかったミッシャ・マイスキー、思いがけず、これまた私の思い入れの深い曲、無伴奏チェロ組曲第一番が聴けて深く感動しました(こちらも泣きました)。彼のチェロの音色はまるで「人間の声」のよう。それがまた感動を呼ぶような気がします。いい演奏でした。

できるだけ短く書こうと思った今回の日記。
やはり長くなってしまいました。
読んでくださってありがとうございます。

そんな文化の日を過ごしてきました。

フジコのアルバムを少しずつ聴き比べをしています。
その中でこのアルバム↓は選曲だけでなく、その演奏も、私はとても気に入りました。ベスト盤を一枚欲しいという方にはまずお薦めします。彼女の魅力はその演奏だけでなく、人柄、語り口調だと私は思います。DVD(英語のインタビューですが)つきなのもこのアルバムの魅力です。

Saturday, 03 November 2007

自分にとってのブログの意味

自分にとってのブログの意味をもう何ヶ月もの間見失っていた。
先日、閉じるための準備をした。それは具体的なアクションであったので、閉じる覚悟はできた。

・・・が、その作業をしてから、ご存知の通り私はこのように書き続けている。

自分にとってのブログの意味を思い出したのだ。

一つは物を書く練習。そして自分の考えを言葉を用いて表現する練習。
これは、確実に効果を実感している。すっかりおしゃべりになった(笑)。文章を書くことへの苦手意識も、以前に比べればだいぶ改善されたように思う。
(上達した、というわけではない)

そしてもう一つが自分にとっては一番大きな意味。
ちょうどこのブログを書き始めた頃、私は自分の専門としている学問、およびその実践家に対してひどく失望していた。
休職の事態にまで自分は陥っていた訳だが、休職して復職して、その過程の中で、この道の専門家が少なくとも私には全く役に立たないことに気づかされたからである。どんなに謙虚に冷静に考えても、専門家はまったく役に立たなかった。この学問も役に立たなかった。

同時に自分の立ち位置も見失った。

しかし、別のことをして生きるにも、私にはほかにすることも、できることもなかった。結局、これをやることしか私にはやることがなかったのである。

その頃出会ったのが、ユングについての書籍だった。ユングが考えだした理論についてではなく、ユングという人について書かれた書籍を2冊ほど読んだ。
そこで「私も見習ってみよう」と思ったのが、ユングの徹底的な自己分析。
ユングは自己分析の作業をとおして、あれらの理論を構築していったのである。
天才ユングの足下にも及ばない人間ではあるけれど、姿勢だけは見習ってみたら、10年も続けていれば何か進んでいるかもしれないし、何か見つけられているかもしれない(大発見ではなくていい)。
この学問にしても、人に期待している、誰かができてくれることを望んでいるから、失望しているのであって、少なくとも自分にとって役立たないのであれば、自分が見つけ出せばいいではないか、という結論にそのときに達したのである。

このブログに自分の個人的なことを書くのは、そういう意味であったのに。

それがいつからか、当初の目的を見失っていた。
いつからコメントを期待するようになったのだろう。

閉じる準備をしてみて、ようやく当初の目的を思い出したのだ。
目標を見失ったら初心にかえれって言うけれど、本当にそうだ。

そうしたらコメントの有無は私にとっては問題ではないことに気づいた。
でも、「問題ではないんだ」と思ったとたんに、こうしてコメントを人が残してくれるようになったのが、不思議でありがたい。

このようなわけで、閉じる、と決めてからせっせと書き始めた次第である。
私のことだ。「やめる」「閉じる」と常に言いながら、何かを書き続けているのかもしれない。この学問との付き合い方がずっとそうであったように。

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