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Monday, 06 July 2009

虚心に向き合う

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「虚心にその人と向き合う、無心に話を聞く、先入観を持たず、ひたすらひたむきに相手の行為や言葉に触れる……そのことの外に、正しく人とつきあう方法などないはずです。人との向き合い方に方法論があるとしたら、育児とは、その人づきあいというものに欠かせない最も基本的な部分を象徴したものかもしれません」 浜文子 『育母書』より

もう何か月も前のことだけれど、久しぶりにきちんと”聴くこと”を必要とする仕事をやっている最中に、自分で気づいてぎょっとしたことがあります。知らず知らずのうちに、”問題”が存在することが前提として自分の中にあり、”問題”をさがしながら、探りながら”聴いて”いる自分にその場で気づいたのです。

そして、つい先々週あたり。息子君がかんしゃくを頻繁に起こす日が何日か続いていました。側にいる私は、「きっと○○で怒っているのか」「△△の気持ちなのかもしれない」とその場で”分析”を、これも知らず知らずのうちにしては、息子に付き合っていたのですが、息子のかんしゃくはおさまりはせず、相変わらず続きました。

そうして煮詰まってきたある日に、ふと手元にとった本の、ふと開いた箇所に冒頭の言葉があったのです。

「そうなんだよな・・・ 物に対する構えができていて、その構えを前提に人の話を聴いていたり、すぐに理屈、理屈で処理しようとする癖が私にはある。ただそのまま感じること、先入観を捨て、ただそのまま無心に相手の声、言葉に耳を傾けること、ただそこに共にいること・・・それが抜けていたなぁ・・・」と気づかされました。

それから1週間ちょっとは過ぎたでしょうか。気づけば、息子君のかんしゃくはもう消えていました。

※写真は、ボク(1歳5カ月の息子)が、私の持っていたデジタル一眼レフのシャッターをぱしゃぱしゃと押し、撮影した、ボクの作品です。「ボクの視点、世界だよ!」

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Comments

 直江津の夏祭り花火もちかいです。今は期末試験中ですが、祭りにはどのゆかたを買おうかなどとそわそわしている生徒もいるようです。「ふるさとは遠きにありて思うもの」かも。
 遠足で生徒を連れてよく行った春日山城趾なども、県外から多くの人が訪れています。なんにも無い廃墟が返って素敵らしいのだそうです。ものは見方でしょうかね。身近にあるものの良さを見つけるのは難しいってことですかね。
 とにかく、故郷ははいつもそこにあります。殊に五智海岸の夏は美しい夕陽とともに。

Posted by: ゆ~ | Monday, 06 July 2009 at 08:45 AM

大変御無沙汰しております。Mako愛です。
余りにも某SNSの方に傾いてしまって、Freyaさんのブログは本当に御無沙汰してしまいました。

でも、久方ぶりに(本当にごめんなさい!!)拝見するブログは以前よりも随分充実してきて、これから少しずつですが、遡って読まさせて頂きたいと思っています。☆

虚心に向き合うという言葉は、私にとって痛切すぎる体験があり、その出来事を余り思い出したくない気持ちもあり、でも絶対に避けて通る事が出来ない事であると思い、コメントを書きます。

カウンセラーというお仕事をされていて、私はいつもFreyaさんとお話をする度に、また日記のコメントを頂くたびに、「相手の立場に立っているFreyaさん」を感じてしまうのですが、それでもまだ「虚心に相手と向き合う」事ができていないという言葉を洩らされている事に、正直意外というよりは、圧倒されるような想いが致しました。

それでも「まだ虚心に相手と向き合う」事が出来ていないと言われている事に、いかにこの事が至難の業である事がしみじみと分かります。

今この事を書いている最中に、妻が2階から降りてきて、次女が熱が出て今日早めに帰宅したのですが、何と40度近い熱が出ているとの事で、「新型インフルエンザでは!?」と急に不安になり、ひとまずコメントの筆を置きます。

また、家族のバタバタが治まったら、書かせて頂ければと思います。

まとまらないコメントで本当にすみません!!

Posted by: Mako愛 | Wednesday, 08 July 2009 at 08:30 PM

♪ゆ~先生
せっかくのコメントにご返事遅くなりました…
直江津の夏祭り、懐かしいです。それこそ高校生以来眺めていないかもしれません。ちょうど、つい先日、今家の設計をお願いしている叔父(父の弟)が我が家へ来て、近所に山車が出ているのを眺めながら、直江津の夏祭りの話をしました。
故郷…もし、今の勤め先へ通える距離だったとしたら、間違いなく、故郷に住んでいたと思います(土地だけになってしまったので、なおさら、家を建てたい気持ちは強かったこともあり…)。特に故郷で一番恋しいのはやはり海です。家でケンカしたり、学校でトラブルがあったりすると、海へ一人やってきては、ぼんやり過ごすことで、慰められていました。
関東では梅雨が明けたそうです。いよいよ夏到来。今年の夏は、上越へ帰省予定です。今も変わらずそこにある海と夕陽と先生に会いに行きますね!

Posted by: Freya | Tuesday, 14 July 2009 at 10:10 PM

♪Mako愛さま

コメントとっても嬉しかったです!ありがとうございます。
ご返事は今しばらくお時間いただけると嬉しいです!

Posted by: Freya | Tuesday, 14 July 2009 at 10:12 PM

♪Mako愛さま
その後少しは落ち着かれましたか…? 私は、若干自閉症的なところがあって、変化がけっこう苦手…で、しばらく呆けてしまいました(原稿があったので、その締め切りに追われていた、というのもありますが)。ということで、ご返事が遅くなってしまいました。

昨日も仕事をとおしてやっぱり同じことを思いました。「あぁ、やっぱり聴けていないな~」と。私の尊敬する先生が(あまりにも遠方なため、直接教わりに行きたいと思いつつ、なかなか実現しませんが)、ご著書の中で「教えるようになると、(臨床は)下手になる」とおっしゃっていたのを、もうずいぶん昔に見つけて、その言葉にショックを受けるとともに、決して忘れまい!と心に決めて、今にいたっています。

教員になった頃は、臨床家と教員の在り方の違いにとにかく混乱し、自分の職業アイデンティティも仕事での在り方も、それから何年間は真っ白になりました。(このブログも真っ白になって何年目かに開始しました)

しばらく前に、ようやく自分の在り方を見つけることができ、それからは、この記事にも書きましたように、厳しすぎるくらい自分にときおりチェックを入れる癖をつけるようになりました。

臨床のお仕事は職人芸だと思っています。
60歳か70歳になって、「ようやく人並みのことができるようになったかな…」と思えるようになるのが、ある意味あこがれでもあり、目標でもあります。

特に今の私は育児をしながらなので、なおさら、臨床の方のキャリアも研修も、1割もこなせません。だから息なが~く、細く長く、のんびりとつきあっていきたいな、と思っています。

Posted by: Freya | Saturday, 01 August 2009 at 06:31 AM

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