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Sunday, 20 September 2009

出来事・・・

一昨日あった「衝撃的な出来事」というのは、ずっと頼りにしていたベビーシッターさんが、今月で、所属のシッター派遣会社をお辞めになることになったのだ。

来月からは「保育士の先生」。単なる保育士ではなく、若手の保育士たちを教育する立場として、我が家からは通うことのできない地にある保育園にお勤めになる。

これまでの経験や実績(そしてたぶん人柄)から、抜擢されたのだ。「あぁやっぱり出すぎた杭は引っこ抜かれるのか(不遇な時代におこがましくも自分自身を慰めるために使っていた言葉)」とつぶやいた私。

私が何でこんなに衝撃を受けているのか・・・

気づいたのだ。私はいつの間にかこの方を、私自身が大好きになり、私自身が頼りにし、私自身が会うのを楽しみにしていたことを。(子供が好いているから、とかという次元ではなかったのだ)

だから、子供のことを今後見てもらえない以上に、もうこの方とお会いできなくなる(「遊びに来てもいいですか~?」とおっしゃってくださっていて、今までのお客さんへの接し方のお話をうかがっていると、本当にいつになっても遊びに来てくださる方だと思う)・・・といういいようもない寂しさと悲しさで、そのことを思うたびに涙がぼろぼろぼろぼろ出てきて仕方がないのだ。

甘いものが大好きとおっしゃるこの方に、いつの間にか私も、「今度いらっしゃる時は、何にしようかしら・・・?」と考え、それを用意するのがとっても楽しみになっていたのにそれもできなくなる・・・。

この方を人間的にも大好きなのだけれど(主人はこの方を「目がとってもきれいな人」と形容していた)、それだけではなく、仕事に対する姿勢も私はただただ尊敬していて、学ばされ、ときには自分に自信を持てた(私の大事にしているものを大事にしていいんだ)ことすらあった。

子供ももちろんこの方を大好きなのだけれど、子供よりも私の方がお世話になっていたのかもしれない(笑)。

思えば思うほど涙がとめどなく出て仕方がないけれど、でも涙は大切(笑)。たっくさん流せば、前向きになれるかな。

・・・そして・・・私も自分の子供へはもちろん、お客さまや出会った人々にこう思ってもらえるような人になれたらいいな・・・

素晴らしい方にお会いできたことに感謝します。

そして、Iさんに本当に本当に感謝します!!! 応援しています(お仕事だけではなくて、もろもろを、笑) そして大好きです!(私が女で残念ですけれど、笑)

順境と逆境

2009

昨日の朝、「時機」の記事を書き、その夜ふと開いた本に次のようにあった。

「仏教では『順境は慈悲であり、逆境は智慧である』と教えています。ものごとがうまく進んでいる順境は、いつもがんばっている結果ですから、ひと息入れて休息してもいいですよ、というのです。これに対して、悩みや失敗を抱えている状況にあなたがいるのであれば、そんなときこそ、苦労しながらいろいろなことを身につけるチャンス。まさに智慧のときなのです。」

私が記事に書き留めたことを後押しするような内容で驚くやら励まされるやら。

ただ一点。今の私について、全般が「逆境」かというと決してそうではない、ということも昨日の昼間に、建設中の我が家を眺めに行って思った。

私という人間が今(というより人生全般で)、一番願っていること。という視点で考えれば、もう”何か”に感謝してもしきれないくらい、諸々が怖いくらいにうまく進んでいるし、叶っている。

だから、今の私の置かれている状況は、根本的には「順境」で、あるほんの一部分においてのみ「逆境」なのだろう・・・と昨日の昼間に感じた。

まぁ、そうは気づいてみても、やはり「一昨日の出来事」の衝撃はまだまだ立ち直るには時間が必要なようだが。

写真は、昨日の巾着田(曼珠沙華)。打ち合わせや現地視察(現場監督)を一通り終えた叔父(設計士)に、「10分でも眺めに行きませんか?この時期の巾着田は一見の価値ありです」と誘い、立ち寄りました。この時期の巾着田はたくさんの観光客でにぎわい、道路も駐車場もすごいことになるのですが、半地元民(来年には地元民だ~♪)の我々、料金もかからなければ、渋滞にも駐車場の混雑にも出会わない「時間外」を知っていました。もう日暮れ前で、暗くはありますが、曼珠沙華畑をしっとりと眺めることができました。

「あまり感動することは少ない僕だけれど、これはすごいな~」「初めて見たなぁ・・・彼岸花って、ほかのお花見とはまったく異なるものを感じるなぁ」「19の日はほんといいことがあるんだよな(9は叔父のラッキーナンバー。春に立ち上げた会社の名前にも使用している)」「今日は本当にいい日だ」と何度も何度も繰り返してつぶやく叔父。ちょうど今週の終わり頃、お誕生日を迎える叔父に私らしい贈り物ができたかしら。生まれてから今に至るまで、たくさんのお世話になった叔父へのせめてもの恩返し。

たくさんたくさんありがとうございます^^

Saturday, 19 September 2009

時機

夏前くらいから、あれこれと大きな出来事が重なってきた。場合によっては、今後私の生き方が変わる可能性もある大きな事柄もその中にはあって、小さい揺れ、大きい揺れが今でも時折ある。

そんな中の昨日、あぁ・・・今度はこんなことが・・・ということが起こった。

これまで、過去の苦しい経験の中から身につけてきた、「なにはともあれ前向きに捉え前向きに日々を過ごす」とやってきたけれど、昨日の出来事の打撃はさすがに大きかったようだ。

珍しく真夜中になっても寝つけず、うとうと眠ったものの、夜明け前頃に再び目が覚め、布団の中でぼんやりしているうちに、たまっていた感情がわーっとやってきて、声をころして泣いた。子供が泣き疲れて寝るかのように、そのあと、朝まで眠った。起きても、子供が起きるまでの時間、ただごろごろと身体を横たえて、やはりぼんやりしていた。

でも、夜明け前の涙が良かったのだろうか・・・

朝、布団の上でぼんやりしているうちに、「あぁ、何かを変えるための、変わるための契機になっているのかもしれない」とふと思った。

しばらく前から、もがもがと、今の生活の「何か」を変えたかった。「何か」が変わりたかった。

でも、なかなか何からすべきかすらも浮かばずに、相変わらず悶々としていた。

時機なのかもしれない。

でも、今の生活の中で、もし新しい習慣を取り入れるとしたら、何かを捨てなければ成り立たない。

新しいことを始める代わりに、何かを捨てるチャンス。

ちょうど連休を迎えたのも良いタイミングなのかもしれない。この連休中に、何かを変えるため、自分が変わるための、新しい何かを見つけ、代わりに何を捨てるか(せっかくだから、いさぎよくたくさんのものを捨てたい。)を見つけたいと思う。

Tuesday, 15 September 2009

お気に入りの場所で・・・

今、3週間に1回のペースで通院しているのだが、その病院内に私のお気に入りスポットがある。その病院は内装や、病院臭がまったくない、などで、そもそも気にいっているのだが(病院が気に行っている・・・なんて、思えば変な話だけれど。でも、病院だからこそ、自分にとって居心地のいい病院を確保するって大事なことだと思う)、ちょっとしたカフェスタンドが建物内にあって、そこが私のお気に入りの場所なのである。

これまでは、ココアをいただきつつ、読書をする、という過ごし方が多かったのだが、なぜか今日は、ここしばらくずっとしたくてもできなかった、「何もしないで、ただぼんやりすること」が気づいたらできていて、そんな自分にあとから驚いた。

ぼんやりしながら、なぜそのスタンドが自分が好きなのか、理由がわかった。目の前がやはり建物内にあるお花屋さんなのだ。

お花はなぜ癒されるのだろう・・・ 癒される、というより慰められる・・・と言った方が近いか。

お花を焦点もあまり合わせず、ぼんやり眺めているうちに、心にふっと浮かんできたものがあった。

私は人にあれこれしたくなっては仕方がない性質なのだけれど、それは、どれも本当は自分が人にしてもらいたいことばかりなんだ、と。やってもらえたらいいな・・・・とか「こう言ってもらえたらいいな・・・」と願っていることを、私は人にやりたくなるのだな・・・と。

だからこそ、自分が何か人にしたり、言ったりして、それが伝わらなかったり、生きなかったりすると、とにかく悲しくさびしくなってしまうのかもしれないのだなぁ・・・。

最近はそんな自分にうすうす気づいていたところはあって、だから人にしてあげたくなっても、「本当にしてもいいことなのだろうか?」と考え込んでしまって、結果として声をかけることも、したいと思いつつもできずじまいでいることばかりになってきたように思う。

お花をぼんやり眺めながら、そんなことが心に浮かんだ。

「そういえばここしばらく家で生花を切らしていたなぁ」と、家の近くの花屋さんで、綺麗なうす紫色のサファイアというお花と、まだつぼみばかりで、今後が楽しめそうなリンドウの鉢植えを買った。

最近・・・

子育てをするようになってから、言葉の一言ひとことにものすごく敏感になってしまったように思う。

たぶんそれは、ふだん、子供の「ん!」「あ!」「あ?」というコトバ、一言ひとことの意味を瞬時に理解して、代弁する(代弁した内容に失敗すると、成功するまで、「ん!」「ん!」と言い続ける)毎日を過ごしているからでは・・・と思う。

子供へはそれでいいのだけれど(たとえ、「ん!」だけでも、会話が成り立つのはとても楽しいし、対応も楽になった)、問題は自分だったり、周囲の人々に対して。

特に自分のコトバがぜんぜん生きなかったりすると、何だかもう自分の存在がまったくなくなってしまったかのような(相手はそんなつもりはないことは頭ではとてもよくわかっているのに)、そんな感覚に陥ってしまい、とってもさびしくなる。

最近までは「自分の思い通りになって欲しい」という気持ちが働いているのかと思っていたけれど、どうもそうではないらしい。が、ではなぜそんな気持ちになるのか・・・は、まだまったくわからない。

それもあるのだろう。人の中に入っていく機会があるたびに、人の中にいて、ほっとしているのにもかかわらず、人と交わること、コミュニケーションをとること、をとても恐れている自分がいる。

う~ん。どうしてかしら・・・

Monday, 14 September 2009

いかんいかん・・・

一度ネガティブモードに入ると、どんどんどんどんそちらのモードへ引きずられていくよう・・・

いかんいかん。

でも、この季節。そういう季節なのかしら・・・

写真は、夏にボクが撮った写真。・・・今日はごめんね。

S

Tuesday, 08 September 2009

夏の終わりに…

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暦の上でも、気候の上でも季節はすっかり秋ですが、私の夏は今週ようやく終わりを迎えようとしています。

思えば、ずいぶんと”収穫”のある夏休みでした。

まるで、年を越した頃からは、それが滅多にできなくなることを身体感覚で予測しているかのようにさまざまなジャンルの本をむさぼり読んだり(専門書は相変わらずあとまわし・・・笑)。

自分のルーツとか”血”を考えるとき、完全に欠落してしまっている部分を、大きく埋めてくれるような大きな発見に、先日たまたまネット上で出会ったこと。おかげで、”欠落”が一気に埋まったような体験をしました(これは本当に大きな”収穫”でした)。

さまざまな人との出会いと交わり(ただこれはまだまだこれからです。秋冬の楽しみにします~)

そして・・・夏を迎える頃に出会った私にとっては大きな大きな事柄(”それ”としておきます)。何がどう影響し、自分の中でどういう変化が起こっていったのかはまったくわからないけれども、つい先ほど、はたと気づきました。”それ”をしっかりと受け容れられている自分に。”それ”はなくなるものでも、解決するものでもなく、ただどれだけ”受け容れることができるか”という類のものなのですが、大きなものだけに、もう少し時間を要するものだと覚悟をしていましたし、私のことですから、受け容れられずにいるかもしれない、とも思っていました。それが、いつの間にやら、ほとんど(まだすべて、ではないですが、8割、9割)受け容れられている自分に気づいたのです。・・・大きなこの夏の収穫でした。

初めて漬けた梅干しもいい感じですし(笑)←義母によると一度梅干しを漬けたら、3年は続けて作らなければいけない。そうでないと婦人病になる。根拠はわからないけれど、という言い伝えがあるそうです。来年も再来年も忘れずに漬けないと~!

ブログの更新がこうしてできたことからも自分で思うのですが、自分の中に長らくあった”殻”もだいぶ打ち破れたような気がします(また繭作りを開始するかもしれませんけれど、笑)。

書きだせば、書き終わらないほど、まだまだある”収穫”ですが、贅沢なことにこれから、本当の「収穫の季節」を迎えるので、今を大事に、楽しみながら、スローペースで過ごしていきたいと思います。

写真は、夏の終わりに水遊びに興じる息子君。ネット上に載せることに若干の迷いを抱えつつ、あまりにも気持ち良さそうな表情に「まぁいいか~」と思い切って。我ながらちょっと気に入った写真です^^

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