お気に入りの場所で・・・
今、3週間に1回のペースで通院しているのだが、その病院内に私のお気に入りスポットがある。その病院は内装や、病院臭がまったくない、などで、そもそも気にいっているのだが(病院が気に行っている・・・なんて、思えば変な話だけれど。でも、病院だからこそ、自分にとって居心地のいい病院を確保するって大事なことだと思う)、ちょっとしたカフェスタンドが建物内にあって、そこが私のお気に入りの場所なのである。
これまでは、ココアをいただきつつ、読書をする、という過ごし方が多かったのだが、なぜか今日は、ここしばらくずっとしたくてもできなかった、「何もしないで、ただぼんやりすること」が気づいたらできていて、そんな自分にあとから驚いた。
ぼんやりしながら、なぜそのスタンドが自分が好きなのか、理由がわかった。目の前がやはり建物内にあるお花屋さんなのだ。
お花はなぜ癒されるのだろう・・・ 癒される、というより慰められる・・・と言った方が近いか。
お花を焦点もあまり合わせず、ぼんやり眺めているうちに、心にふっと浮かんできたものがあった。
私は人にあれこれしたくなっては仕方がない性質なのだけれど、それは、どれも本当は自分が人にしてもらいたいことばかりなんだ、と。やってもらえたらいいな・・・・とか「こう言ってもらえたらいいな・・・」と願っていることを、私は人にやりたくなるのだな・・・と。
だからこそ、自分が何か人にしたり、言ったりして、それが伝わらなかったり、生きなかったりすると、とにかく悲しくさびしくなってしまうのかもしれないのだなぁ・・・。
最近はそんな自分にうすうす気づいていたところはあって、だから人にしてあげたくなっても、「本当にしてもいいことなのだろうか?」と考え込んでしまって、結果として声をかけることも、したいと思いつつもできずじまいでいることばかりになってきたように思う。
お花をぼんやり眺めながら、そんなことが心に浮かんだ。
「そういえばここしばらく家で生花を切らしていたなぁ」と、家の近くの花屋さんで、綺麗なうす紫色のサファイアというお花と、まだつぼみばかりで、今後が楽しめそうなリンドウの鉢植えを買った。

Comments
ちょくちょく拝見させていただいております。
時には自分のことのような感覚に置きながら読ませていただいています。
Freyaさんの日記から、私はこう感じました↓。
自分が人にしてもらいたいことを願うことは、他者にとってみれば、他者のことをきちんと誠実に考えていらっしゃるのではないかと感じました。
自分がしてもらいたいこと、こう言ってもらえたらいいな、ということは、相手にとってみれば嫌なことはないのではないか・・・と感じています。
相手に伝わらなかったり、生きなかったりしたことでも、きっと、後々相手に生きていることもあるのではないかと、勝手に解釈しています・・・。その瞬間には、生きなくても、何時間後、何日後には生きているはずです。私はそう思います。
Freyaさんの優しいこころ模様が伝わってきました!!
声をかけてもらえた方は、声をかけられないよりも、きっと、嬉しいと思います。私だったら、とっとも嬉しくなります!!そして、何かを言ってもらえたことに感謝します!!
なんだか、まとまりもなく失礼いたしました。
私の家のラベンダーの鉢植えには、紫色の花が小さく咲いています^-^
Posted by: mayo | Sunday, 27 September 2009 at 06:19 PM
♪mayoさん
やさしい言葉を本当にありがとう。今日、職場で、「そんなことに気づいていてくれて、そんなことを言ってくれるなんて・・・」という言葉をかけてくれた人がいて、そしてそこへ、あらためてmayoさんのコメントを再度読んだら、涙がにじんでくるほどうれしく思いました。本当にありがとう。
今はまだ勇気(?)が出なくて、ストップさせています。
・・・というより、ちょっと私自身がエネルギー切れか、傷ついてしまったか(笑)、「あぁ、ちょっと休もう!」とお休み中です。
でも、反応を示してくれる人には、うれしいし、「よっこいしょ」と思わなくても自然に怖がらずにできるから、そちらは熱心に継続中です^^(含。mayoさん)
夏に講演を聴く機会があった臨床哲学者の鷲田清一先生がおっしゃっていた「反応することの大切さ」をしみじみと実感させられている今日この頃です。
Posted by: Freya | Friday, 02 October 2009 at 05:11 PM