浄化の涙
思えば、この春に復職してから以来ずっとはまっていた負のスパイラル。
昨日と今日でようやく・・・本当にようやく抜けられそうな実感を持てた。
きっかけは上長からのとあるメールで、その返事を書いているうちに、この半年以上(いや・・・産休・育休に入る前からだったかもしれない)抱えてきた諸々の気持ち、感情が噴き出すように湧いてきて、とめどなく涙が流れ始めた。
子育てをするようになってから、(特に仕事のことに関して)涙は決して子供の前では見せまい、と決めていたのだけれど、昨日は、それすらも吹き飛び、涙がとにかくあふれてあふれて仕方がなかった。
息子君は、最近、ペットボトルの代わりに持ち歩いている水筒がとても気になっている。昨日は昼間持ち歩くために用意した水筒が、家で飲もうと卓袱台の上に置いてあったのだが、それをコップに注いでは飲む、ということを楽しそうに始めた。そしてそのうち、涙を流している私に、お茶を注いで「ハイ!」と差し出してくれた。
「ありがとう」と受け取って飲むと、また注いで(注ぐときはお手伝いしますが)、また「ハイ!」と笑顔でくれた。それを何度も何度も繰り返す息子君。
1歳9カ月の子供でもこんな思いやりを示すのか・・・と感激し、それがさらに流れる涙に拍車をかけた。
でも、一人で涙するのではなく、こんな小さくて大きい思いやりに触れたからだろうか。
いい涙だった・・・と直後に心から思えた。
始終子供の前でメソメソする母ではいけないと思うけれど、「一切泣くまい」と決めて、我慢してイライラ不機嫌であったり、上の空であったりするよりは、ときには(本当にときにはだけれど)泣いたっていいんだな~とも思えた。
そして今日一日を過ごしてみて、これまでの「悶々」の原因がわかったような気がしたし、それを打開するきっかけや方法が具体的につかめたような気がした。
細かくは(恥ずかしいし、笑)ここには書かないけれど、私はずっと仕事に対して、能力はとても足りないので、そこを人柄(自分で言うのもヘンだけれど、笑)の部分をとっても努力して、それで補って、でずっとやってきた(それに応えてくださる方々、そこを評価してくださる方々がいらして、だからこそ私の能力からすれば釣り合わないほどの職歴があるのだと思うし、今があるのだと思う)。それが、この半年ちょっと、その「人柄」が実に「イヤ」なヤツになっていた(それも自分で言って笑えるのだけれど、自分でも自覚はあったので、よく「性格悪~」と自分に突っ込んではいた)。そして、その代わりに「能力」で勝負(?)しようとしていたのだが、それが諸々の負のスパイラルを生んでいたのだな・・・それは公にとどまらず、私にまで及んでいたのだな・・・ということに、ようやく気づけたのだ。とても頑なになっていたのだけれど、頑なに守るほど実は何も守るものなく、ただ大きな変化に対して戸惑いを持っていただけだったのだということにも気がつけた。
浄化の涙・・・だったな。ずっとずっとのしかかるように両肩にあった”何か”もこれを書いている今、なくなっていて肩が久方ぶりに軽い。
きっかけを作ってくれた上長には心から感謝します(上記のこととはまったく無関係の内容だったので、こんなところで感謝されても「へ?」とおっしゃりそうですが、笑)。

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