Posts categorized "日記・コラム・つぶやき"

Tuesday, 03 November 2009

晴れた空に

文化の日に誕生日を迎えた主人へのプレゼントにと、ジャズライブに出かけました。

このライブのことは、いずれ書けたらいいな・・・と思っていますが、思いがけず入間の航空ショーを演奏会会場のロビーから堪能することができました。

確か昨年は天候が悪かったように記憶しているのですが、今日はとにかく青い青い空。

ビルの5階からの眺めは、都心では考えられないほど目の間にさえぎるものはなく、こちらの方に越してきて初めてこんなにしっかりと航空ショーの様子を眺めることができました。

ふだん持ち歩いているデジカメが手元になく、とっさに携帯で撮りました。

そのため画像は鮮明ではないのですが、青い空と飛行機の様子が何となく撮れたので、記念にアップしておきます。

こうとわかっていたら、お家でお留守番だった乗り物大好きの息子君も連れてきてあげたかったな~。

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Sunday, 16 August 2009

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ふるさとの日本海に帰ってきました。 書きとめておきたいことはたくさんあるのに、まだまだま言葉が追い付きません。 せめて写真だけでも先にアップしておきたいと思います。

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Sunday, 12 July 2009

自分に宣言…?

いきなりですが、

頑張らないことにしました!(笑)

本当にいきなりですけれど、自分の中ではここ1カ月ほど、悶々としてしまうことが諸々重なっていました。

それが、さきほど、ワンコワンコ泣いた揚句、しゃくりあげながら寝入った息子君の顔を隣で眺めているうちに、「そうか~!諸々の”悶々”を解決する方法は、ただ一つ。(私が)頑張らなければいいんじゃないの!」とひらめいたのでした。

自分でも認めます。愚かなくらい真面目であることを。

でも、真面目な人間に、さらに「がんばり」が加わると、諸々あんまり良くないです(笑)。

真面目な人間がいきなり不真面目になるのは、至難の業ですけれど、

がんばってしまう癖がある人間が、がんばらないことを実践してみること・・・これはできそうです。

ということで、自分に宣言しました。「がんばらない!」って(笑)

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Saturday, 14 March 2009

遺伝なのか・・・

どうもここのところマジメな記事が多くていけないので(笑)、今日はくだらない話を。

叔父に最近会うことがあって、私の曽祖父の話を話してくれました。

「お祖父さん(私からは曽祖父)は、お勉強はどうも大嫌いだったようなんだよね。朝、お弁当を持って『行ってきます~』と家を出ると、まっすぐに山へ向かい(この「山」は自分の家の「山」なのですが)日がな一日そこで過ごして家に帰ってきていたようなんだよね」

曽祖父は私の実家である○○家に養子に入ってきた人なのですが、曽祖父の兄弟(弟?)には、田舎ではありますが、その辺りでは碑が建ったくらいの、教育者として名をはせた人がいたりする家出身なのですよね。

その話を聞いた勉強嫌い学校苦手を自負する曾孫(私)は一言。

「勉強嫌い(学校嫌い)は、環境のせいでも本人のせいでもなく、遺伝なんだね! だって、叔父さんも(叔父さんも勉強嫌いを自負?しています)、私も曽祖父には会ったことがないんだもの(曽祖父は早くに亡くなってしまったので)」

私の最後の結論付けはもちろん冗談ではあるけれど、ただこうして「血」の話を聞くと、それまで自分の努力不足だと思ってひそかに気にしていたことが、一つ一つ「なーんだ!私のせいじゃないじゃない!」と飛んでいきますね。

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Thursday, 29 January 2009

時の止まった空間

このブログのアクセスカウンター、「二二二二二」の瞬間を楽しみにしていたのに、見逃してしまいました(気づいたら、「二二二二五」でした。惜しかった!)
もし、その瞬間をご覧になった方がいらしたら・・・私は何の芸もないので、記念品もありませんが・・・何か楽しいことでも考えてみます(笑)

先日、ほぼ一年と一ヶ月ぶりに職場の自分の部屋に出かけた。
入るなり、「何だ!このごちゃごちゃした趣味の悪い部屋は!」と心の中で叫んでしまった。
休暇に入る時に何週間もかけて、大掃除をしたはずだったのに・・・

しかし次の瞬間気づいたのだった。
今までのどの一年よりも、自分の価値観やスタイル、在りよう、ものの趣味までが、とにかく大きく変わったのだと。

自分がぐんと成長できたような気がして、ちょっと嬉しかった。

2007年12月ですべてのものが止まっているその空間。
その日はそれから退室するまでの間、黙々と片づけをしていた。

まだまだ続きそうな”時の止まった空間の整理”
あれこれ逡巡する思いを抱えたまま復帰した今の私には、何だかぴったりの作業のような気がする。

どんなスタートになるのかは自分でも想像がつかないけれど、”そのとき”がちょっぴり楽しみになった。

追記:この記事を書いたあとで気づきました。私が「大片づけ」を開始したこの日は、まさに旧正月を迎えた日だったようです!

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Wednesday, 29 October 2008

胸に響くことば

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しばらく前に作家・重松清氏の講演を聴く機会があった。
テーマは「子どもと言葉」

「子どもはウソをつくんです」という衝撃的な言葉で始まった。

氏は、穏やかで静かな口調で、会場の一人一人に語りかけるように話を進める。

「誰だって心の闇はある」
「心の闇があってはならない、という前提があるのではないか」
「ウジウジする自分。それでO.K.と言ってあげる人間が必要ではないか」

どの言葉に対しても、深くうなずきながら、耳を傾けていた。

講演も終盤に差しかかったとき、いじめを苦に自ら亡くなったある少年の話になった。

「彼は笑っているんです。遺書の中でも笑っているんです」

「子どもはウソをつくんです・・・ 悲しいウソなんです。悲しいウソは見抜いてあげないといけないんです」

涙があふれた。どんな涙だったのかは言葉にもならないけれど、氏の言葉がとにかく胸に飛び込んできて、揺れた。文字通り、私の胸を打った。

いい講演だった。
聴けて良かった。

※写真は、息子君と近所をお散歩中に出会った飛行機雲。この季節の空は、観るたびに模様が違っていて、楽しい。

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Tuesday, 28 October 2008

誕生日に想ったこと

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しばらく前になりますが、自分の誕生日を迎えて想ったこと。いつも持ち歩いている小さなノートにメモをしておいたのですが、ここに書いておこうと思います。

今年の誕生日は、静かな誕生日だった。

でも、シンプルであればあるほど、自分にとって何が大切なのか、がよく見えてくる。

そんなことに気づかされた一日だった。

※写真は、今年であった秋桜。最も好きな花。自分の誕生日の頃になると、必ず咲いてくれる。

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Tuesday, 26 August 2008

大切なこと

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教育に携わる者として、心理学に携わる者として、親として、そしてあらゆる人づき合いにおいて、大切なことはたくさんあると思うが、中でも大切なことは、”寛容さ”ではないだろうか。最近、特にそう思う。

※写真は昨年出かけた式根島の海岸。ターコイズブルーというのだろうか。このような深くそれでいて明るい青には、いつ眺めても惹かれる。

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Sunday, 22 June 2008

先生を偲ぶ

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お世話になった先生が今月亡くなった。

「徳」とはなんぞや・・・と考えさせられる先生だった。

まだ若かった私が、若気の至りもあって、
何やら熱心に申し上げたことがあった(何だったかは忘れてしまったが)。
先生は、穏やかな笑みを浮かべたまま、じっと私を見、ただ静かにそこに居らしたのだった。

当時の私には理解できなかったけれど、
今、こうして先生を偲んでいると、
先生がそうしていらした意味が少しわかるような気がする。

「自分の中に答えがあるよ」

「自分と静かに対話してごらんなさい」

「焦らないで、
 慌てないで、
 急がないで・・・」

そんなコトバを静かに感じる。

思えば不思議な先生だった。

私が、プレッシャーに押しつぶされそうになって、パンクしかかったときのこと。
(そう言えば、それは9年前の今頃だった)
父の助言で、お休みの連絡のために、先生に電話をかけた。

「お仕事を休ませてください」

こう私が言っただけで
電話口の向こうの先生は、

「働き過ぎたよね」
「頑張り屋だから頑張りすぎたのでしょう」
「心配しないで、今は少し休みなさい」

とおっしゃってくださったのだ。
普段の私の働きぶりなど、先生はそうみてはいらっしゃらなかったはずなのに・・・

その先生のそのお声かけがなかったら、
過言ではなく、私はその後、今に至るまで、
この仕事を続けることはできなかっただろうし、
夫とも、ましてや子供とも出会えなかったのではとすら思う。

身近でお付き合いした時間は非常に短かったけれども
時間に比して、想い出は数多くある。
(スウェーデンで、「お土産にキャビアを買っていきたい。どこに売ってるかな?」とおっしゃる先生をお連れして、スウェーデン語もわからず、かといって英語も通じない街中で、必死でキャビアを探し歩いたこと、
アメリカでの研修をご一緒したときのこと、帰りの飛行機が離陸後第4エンジンが燃え始め、30分旋回後、緊急着陸をしたことなど・・・)

実は変な話、先生が亡くなっても、
今までと変わらない気がしている。
いや、むしろ、何だか今までよりももっと身近で
見守ってくださっている感じがする。

しばらく前の記事に正岡子規の言葉を載せたが
先生は、まさに「勉強家、沈黙家、謙遜家」の全てが
当てはまる、そういう方だった。

先生への想いは、まだまだたくさんあって、
長くなりそうだ。
今日はこの辺で止めておこうと思う。

※写真:ぐずる子供を抱っこして、自宅裏の河原をお散歩したら、こんな夕陽に出会った。子供と二人で見る夕陽はこれが初めてだと思う。

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Tuesday, 20 May 2008

朋あり遠方より来たる

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子曰 學而時習之 不亦説乎

有朋自遠方来 不亦楽乎

人不知而不慍 不亦君子乎

子曰わく、学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。
朋あり遠方より来たる、また楽しからずや。
人知らずして慍(うら)みず、また君子ならずや。

先日、旧友が遠方よりはるばる来てくれた。

孔子の言葉を久しぶりに思い出す。

この言葉を、国語の授業で初めて習った頃、

子供だった私には、少しも実感が湧かず、

ただ口先だけで(暗唱のために)唱えていたものだった。

ようやくこの言葉が、しみじみと心に浸み、実感する時が来たのだなぁ。

少しは大人になったのかしら・・・ね。

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Monday, 14 April 2008

嬉しいこと

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しばらく前のことになりますが、人づてに聞いた嬉しい話。

「ぜひ知っていただきたくて」の橋本万里君。

手術が無事終了し、日本に帰ってきていたのですが、何と大学に顔を出してくれたそうです(^▽^)

募金箱にほんのちょっとずつですが、気持ちを入れるたびに、

「私が復帰する頃、一緒に復帰すること!いい?わかった?絶対約束よ!」と

勝手に約束を念じていました。

もちろん、万里君本人が一番頑張って、

そして、万里君の素敵なお母様もものすごく頑張られたわけだけれど、

きっとたくさんの人の気持ちと願いも伝わった

結果なのだろうと思います。

人ってすごいな。

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Tuesday, 11 March 2008

記事のこと

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春がそこまでやって来たようですね。

ブログをご無沙汰している間、
小さなノートを持ち歩いては
ふと気づいたことや考えたこと、
出会った言葉などをメモし続けていました。

自分の生活が大きく変わった今、
パソコンに自由に向かえる時間も極度に減ったので、
ノートのメモは、どんなときであってもとれるため
さらに書き留めるようになりました。

今まで書いてきたことが随分たまったので
少しずつここにアップしていこうと思います。

必ずしも今現在の心境を直接的に表しているわけではないですが、
今、アップしたいな・・・と自然に感じたものを
選んでいこうと思います。

※お返しできていないコメントのお返事、
ゆっくりゆっくりですが、
少しずつお返事させてくださいね。
ありがとうございます。

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Saturday, 08 March 2008

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”今”の積み重ねが

過去になり

未来になる

だから ”今”を大事にしたい

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Wednesday, 05 March 2008

世界一のたからもの

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世界で一番の 大切な大切なたからもの

ご無沙汰している間に

一つの小さな命が誕生しました

全ての事象、物、そして生き物に感謝

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Saturday, 03 November 2007

自分にとってのブログの意味

自分にとってのブログの意味をもう何ヶ月もの間見失っていた。
先日、閉じるための準備をした。それは具体的なアクションであったので、閉じる覚悟はできた。

・・・が、その作業をしてから、ご存知の通り私はこのように書き続けている。

自分にとってのブログの意味を思い出したのだ。

一つは物を書く練習。そして自分の考えを言葉を用いて表現する練習。
これは、確実に効果を実感している。すっかりおしゃべりになった(笑)。文章を書くことへの苦手意識も、以前に比べればだいぶ改善されたように思う。
(上達した、というわけではない)

そしてもう一つが自分にとっては一番大きな意味。
ちょうどこのブログを書き始めた頃、私は自分の専門としている学問、およびその実践家に対してひどく失望していた。
休職の事態にまで自分は陥っていた訳だが、休職して復職して、その過程の中で、この道の専門家が少なくとも私には全く役に立たないことに気づかされたからである。どんなに謙虚に冷静に考えても、専門家はまったく役に立たなかった。この学問も役に立たなかった。

同時に自分の立ち位置も見失った。

しかし、別のことをして生きるにも、私にはほかにすることも、できることもなかった。結局、これをやることしか私にはやることがなかったのである。

その頃出会ったのが、ユングについての書籍だった。ユングが考えだした理論についてではなく、ユングという人について書かれた書籍を2冊ほど読んだ。
そこで「私も見習ってみよう」と思ったのが、ユングの徹底的な自己分析。
ユングは自己分析の作業をとおして、あれらの理論を構築していったのである。
天才ユングの足下にも及ばない人間ではあるけれど、姿勢だけは見習ってみたら、10年も続けていれば何か進んでいるかもしれないし、何か見つけられているかもしれない(大発見ではなくていい)。
この学問にしても、人に期待している、誰かができてくれることを望んでいるから、失望しているのであって、少なくとも自分にとって役立たないのであれば、自分が見つけ出せばいいではないか、という結論にそのときに達したのである。

このブログに自分の個人的なことを書くのは、そういう意味であったのに。

それがいつからか、当初の目的を見失っていた。
いつからコメントを期待するようになったのだろう。

閉じる準備をしてみて、ようやく当初の目的を思い出したのだ。
目標を見失ったら初心にかえれって言うけれど、本当にそうだ。

そうしたらコメントの有無は私にとっては問題ではないことに気づいた。
でも、「問題ではないんだ」と思ったとたんに、こうしてコメントを人が残してくれるようになったのが、不思議でありがたい。

このようなわけで、閉じる、と決めてからせっせと書き始めた次第である。
私のことだ。「やめる」「閉じる」と常に言いながら、何かを書き続けているのかもしれない。この学問との付き合い方がずっとそうであったように。

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Thursday, 25 October 2007

久しぶりに・・・

久しぶりに作ってみました。全て手縫いです。

心身共に疲れ気味。まぁ、ホルモンがそうさせるのはわかっているので、基本的にはポジティブでいるし、じたばたしても仕方がない・・・と流れるがままに過ごしています。

こんなときは作業が一番ですね。
一日で2つ出来上がりました^^
携帯で撮ったのものなので、画像は良くないですが。
一つは夫が愛用していた手ぬぐい、もう一つはガス屋さんからいただいたタオルがこうなりました^^

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Wednesday, 25 April 2007

自然も人間も

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この3月に(他学部ですが)同僚の先生が退官されました。

先生のご専門は生物学。
3月に退官にあたってのご講義がありました。

先生のご講義は、私がこの大学に就職したときから興味があったものの、同僚という身分であると、なかなか講義を聴く機会が持てずにいました。

今回ようやく念願が叶ったのです。

講義の内容は、もちろん私が期待していた以上の素晴らしい内容でした。

そして内容以上に感銘したのが、講義を通して改めて伝わってきた先生のお人柄でした。

いつも笑顔(私のようなちいちいぱっぱにでも、会えばとびきりの笑顔で声をかけてくださいました)
いつでも誰でもWelcome
どんな小さな生物までも大事にする人
人ももちろん大事にする人
人を育てる人
生きとし生けるもの(すなわち「生物」)を全て愛している人

笑顔で語り続ける先生のお陰で、すっかり穏やかで幸せな時間を過ごすことができました。

この先生の講義を受けながら、自分自身のことについても思い出すことがありました。
思えば、高校時代、一番大好きだった科目は生物でした(因みに成績が安定していた科目は芸術)。
生物の先生の部屋(生物室)に通うのも、いつからか日課になり、その先生とお話しするのが高校時代の大きな楽しみの一つでありました。

一方で、「語学をマスターしたい」という強い気持ちがあったため、その後語学を専門とする大学に進みました。

語学特に言語学のエクスパートになりたいと思っていましたが、大学2年の中頃、専攻の授業の最中に、「私、語学の才はない」と突然悟ってしまったのです。

それから、卒業後の自分の進路を考えるのには、本当に本当に悩み苦しみました。
4年生になる直前に、数ある職業を挙げ、消去法で消していったら、何と一つも残らなかったので、文字通り途方に暮れました。
悩み苦しみながら、かろうじて選択した道、気づいたらこれを書いている今日まで続いています。

冒頭に書いた先生の講義を聴きながら、おそらく、自分の学部学生時代にこの先生の講義を受けていたら、自分は生物学の方面を迷うことなく選択していただろうな・・・と思いました。

「過去のあるときにこうしていればこうなっていただろう」と考えることは、実は私は好きではなく、今までこのように自分のことを考えることは極力しないでいました。
今回、「生物学に進んでいただろうな」と今回思ったこと、それは、決してネガティブな意味でも後ろ向きでもないのです。
むしろ、今、自分が興味を持っていること、そしてこれからの自分の在りたい姿を強く肯定してくれるものになりました。

人間も自然の一部。自然を愛することは人も愛することになるんですね。

※写真は、先日の記事の中で、ぼのむさんに名前を教えていただいた、ナガミヒナゲシ。

咲いたらこんな子になりました^^

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写真を撮っているときは気がつかなかったのですが、あとで画像を大きくしてみたら、左の咲きかかっているつぼみに、何とバッタさんがいました(*^ ^* )

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Saturday, 10 March 2007

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Saturday, 03 March 2007

本日は・・・

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※隣町でふらっと見つけたギャラリーでの雛人形。

今日はひな祭りの日で、私たち夫婦の結婚式記念日。
(結婚記念日は3月30日)。

入籍して2年でようやく挙げた結婚式。
あれからもう1年経つんだな~。

結婚式記念日を迎えた今朝、

夫「今日は結婚式記念日です。おめでとうございます。」
(頭を深々と下げる)

私「ありがとうございます」(・・・?)

二人「・・・・」

私(これは何かもっともらしいことを言わなきゃ・・・と)
 「本日はお人柄も良く・・・」(「本日はお日柄も良く・・・」と言いたかった)

夫 「(お人柄を褒めていただいて)ありがとうございます。」

という会話を向かい合って交わした私たち。

何事も格好良くは決まらない私たちだけれど、
こういうのもいいかもね・・・(^.^)

これからも宜しくお願いします。

そして、改めて・・・
皆さん、いつもありがとうございます。これからもよろしくね。

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因みに、全て「3」にこだわっているのは、記憶力にはどちらも自信がまったくもってないので、これなら、二人とも(もしくはどちらかは)覚えているだろうと、二人の誕生日(二人とも3日生まれ)に因んで選んだ日程なのです。
確かに「3」「3」にして良かったです。
昨年は「3月21日春分の日」が、お人柄ではなく、お日柄が良く、私たちも一瞬こちらに惹かれたのですが、やはりこちらだったら、きっと早速私忘れていました。
私、昨日、「3月21日って何かの日だったんだ~!」と言っていましたから。(祝日であることを全く忘れていた)

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※越生、福寿草の群生です。

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Friday, 02 March 2007

人形たち

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まずは写真だけアップします。

本文は後日・・・

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Sunday, 25 February 2007

入れ替わる役目

※しばらくの間、「知っていただきたいこと」の記事が、常にトップに来るように設定してあります。

役目を終えたものもあれば、
すぐに、新たな果たすべき役目がやってくる。

欲張りというよりは、一度手に入れたものを、必要なくなったときに手放すことが、
私にはずっとできなかった。
それは「何かが不安で怖くて」そうすることができなかったのだと思う。

それは仕事のやり方も同じで、一度引き受けたものは、
もう相手が「大丈夫」になっていても、自分の手から放すということができず、
雪だるま式に、「責任」やら「プレッシャー」やらが勝手に増える一方。
で、その時、その瞬間に最も大事にするべきものを見失い、
文字通り本末転倒の結果に終わる。
自分の中では「一生懸命やっているはずなのに、誰も認めてくれない」という言葉が
繰り返される。

私が休職に陥っていった過程は、まさにこれだったんだなぁと、
今、とても客観的に落ち着いてそう思うことができる。

最近の私が、(自分比で)とても安定して、やるべきことを
止まらずに続けることが出来ていること。
そのスピードは本当にゆっくりで、冗談ではなくカメのスピードで、
たまに「もっと早く~」と注意されたり、相手は何も言わないけれど
(「何も言わない」のも大事なメッセージだけど)、
ちょっとあとで「あちゃ~(;>_<;)  一歩遅くて失敗した~」って
こともあるけれど、
それは、自分では気に病まずにいられる。
決して開き直りではなくて、無理して息切れしてストップするより
のんびりでも確実に進むことが、自分に合ったやり方だと実感しているし、
結果としてそちらの方が周囲にかける迷惑も相対的には減る。

それが続いているのは、冒頭に書いたことにようやく気づけたことなんだな~と思って、
嬉しくなった。

次の課題は、すぐ有頂天にならないこと・・・と(素直なのはいいことだけど)、
自分に常に謙虚でいられること、でも卑屈にはなる必要はない、ということ。

有頂天になるとすぐ失敗する。
謙虚さを忘れるとあっという間に大事なものを失う。

これもこの1年に学んだ教訓。

新しい御役目を与えられていること、それに生かされていることに深く感謝をしつつ。

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Saturday, 24 February 2007

知っていただきたくて・・・

※しばらくの間、この記事が常にトップに来るように設定してあります。新着記事は、この記事の後に来ます。

彼のことを知ってからだいぶ経ちます。

その間、私にも何かできることはないか・・・と、考え続けていました。

そして、まず、ここにお知らせとして載せてみることにしました。

橋本万里君

http://www.banrihelp.com/

彼は、先天性の大変重い心臓病を抱えています。

彼の身体は、海外での移植しか助かる道はないそうです。

高校も5年かかって卒業し、「法律家になりたい!」という強い希望のもと、昨年の4月、大学に入学しましたが、2週間しか通学できず、それからは現在までずっと病院のベッドの上です。

今の彼の状態は、一刻も早く移植を行う必要がある・・・という状況だと聞いています。

知っていただけるだけでも嬉しいので、良かったら上記のHPを見ていただけたら・・・と思います。

この記事を読んでくださった皆さんに心から感謝いたします。

※追伸:この記事は24日の朝に書いたのですが、これをアップして出かけたら、全くの偶然のタイミングで、万里君のお母様にお会いしました。万里君のお母様にお会いしたのは、これが初めてです。

※追伸2:心臓・肝臓同時移植なので、一つの臓器のみの場合の、倍以上の負担がかかるそうです。

※追伸3:万里君のお母様から。少しでも急ぎたい状況だと聞きました。

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Monday, 22 January 2007

発見

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今日、仕事が休みだったので、猫の散歩をゆっくりした。

散歩と言っても、家を出るなりお気に入りのスポットに直行して、そこでただひたすら日向ぼっこするのが彼女たちのスタイル。

昨日は、普段のどの仕事でも味わわない独特の緊張感を感じる、センター試験のしかも今年は主任監督を務めた。
丸一日、ミスは些細なことでも許されない業務を行い続けるため、体力はもちろんのこと相当な精神力が必要となる。

昨日は無事終えてからも、まだ気が張っていたのか、それとも、ノーミスでこなせたことの安堵感と嬉しさでいっぱいだったからか、感じなかったが、今日、起きてみると、どーっと疲れていることに気づいた。

身体が重く、ほとんど動かないくらいの疲れ。いやーな疲れ。
こんな疲れを感じているときは、大体気持ちもろくな事を考えない。

心身相関・・・本当にそうだな。

昼近くまで身体を横たえていたが、
ふと「あっ!こんなんじゃいけなかったんだ!」と、今までの養生生活(?)で覚えたことを思い出し、猫の散歩に出かけることにした。

日向ぼっこ。

一昨日、昨日のように冷え込むと「冬のまっただ中」と思うのだが、
日向ぼっこをしていて気づいた。
11月終わりや12月の頃に比べて、太陽が確かに近い。

太陽の光がとっても暖かかった。

太陽がだんだんと近づいてくるのを、身体感覚で発見したのは、今日が初めてだったかもしれない。

とてもわくわくした。嬉しくなった。

確実に春はまたやってくるんだ。

猫も気持ちよさそうに居眠りしていた。
私も一緒になってぼーんやりとしていた。
しばらくして太陽もだいぶ動いていたので、「はて、どのくらい時間が経ったかな?」と時計に目をやって、目を疑った。

1時間半も経っていた。4,50分かな・・・と思っていたのに。
我ながら気が相当長いと思う(笑)。

疲れはすっかりとれたというわけではないけれど、いやーな疲れは、この日向ぼっこで消えていった。

最近は、「身辺を整理する」生活も続行中。
この話についてはまた次にでも書きたいと思います。

※今まで撮った写真を整理していたら、こんな写真を発見。見るなり大笑いしてしまいました。このすももちゃんはいったい何を思っているのでしょう?

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Thursday, 11 January 2007

冬芽~春の気配

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寒さが本格的になり、木枯らしが吹いてますね。

陽が照って、青い空が広がる日には、相変わらず猫を散歩に連れて行っています。

娘猫のすももちゃんは、体質的なものから来る皮膚炎で、良くなったりひどくなったりを繰り返しています。
最近気づいたのは、私や天気の都合で、散歩に行けない日が数日続くと、すももちゃんの皮膚炎がひどくなります。
そうなると、仕方がないので、お薬を飲ませつつ、エリザベスカラーをつけるのですが、一度ひどくなるとなかなかひっかいた傷がふさがりません。

でも、散歩を開始すると、治りの早いこと、早いこと。あっという間に傷がふさがり、炎症も良くなりました。

外の空気を吸うことと、日の光を浴びることが、こんなに身体に必要なことだったなんて。

この寒空の中、散歩をしていて、もう一つ発見がありました。

敷地内にあるコブシかモクレンの木を眺めたら(たぶんコブシかな・・・)、写真のように冬ごもりの準備をしているのですね(冬芽と呼ぶそうです)。
この冬芽を眺めていたら、今は寒い寒い冬だけれども、確実に次に春がやってくるんだ・・・ということを知らせてくれているように感じました。

そう考えたら、寒い冬も温かい気持ちで過ごせそうな気がしてきました。

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Wednesday, 10 January 2007

厄払い

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新年あけましておめでとうございます。

皆さんはどんな風に新年を迎えていますか?
私は、実にぼんやりと過ごしております。
5日に仕事は始まったのですが、実にぼんやりとやってまいりました(^_^;)

昨年の秋、いろいろなことでくたびれきってしまって、かなり悶々としていた時、占い師さんの前を通りかかりました。
普段は、少しも気にもかけないのに、このときばかりは気になってしまい、「全体運」として占ってもらいました。

その時いただいたアドバイスに、「来年は厄年だから、お正月の時期に厄払いを受けるように。厄払いの際には。過去の過ちを振り返り、詫びること」とありました。

私はどちらかというと、ずっと日本で古くから伝えられていることには無頓着な方で、前の厄年(大厄)のときには、前厄、後厄も含め、厄払いはまるっきりしませんでした。

そして迎えた今年、亥年。

厄年(小厄)であると同時に、年女でもあります。

1月4日の日に厄払いを受けてきました。

助言通り、厄払いの際に、過去の過ちを振り返り始めたら、もうぼろぼろぼろぼろ出てくること出てくること・・・

一つ思い出すやいなや、もう別のことが思い浮かび・・・

そして、ここで一つ一つ詫びているうちに、涙が出てきました。

終えてみて、今。

肩が軽くなったような気がします。だからぼんやりしているのかな・・・。

「厄を払う」という行為そのものよりも、「過去の過ちを振り返り、詫びる」という行為を、厄年に限らず、一年の終わりか始めに行うことが、必要なことなんだな・・・と、やってみて初めて気づかされました。

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Saturday, 23 December 2006

良き日に

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神の優しさの、生きている表現でありなさい。
 あなたのまなざしに神の優しさが、
  あなたの表情に神の優しさが、
 あなたのほほえみに神の優しさが、
あなたの暖かいあいさつに神の優しさが
    表れますように。
私たちはみな、ほんの少しお役に立ち、
 そして過ぎていく神の道具なのです。
    思いやりの行為の表れ方は、
その行為そのものと同じように大切なことだと
       私は信じています。

            (マザー・テレサの言葉)

クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝福する厳粛な日。
私は、クリスチャンではないけれど、
小学生の頃日曜学校に通っていたことと、
一瞬だけれど敬虔なカトリックの大学(短大)にいたこともあって
クリスマスの意味はちょっとだけ感覚的に分かるような気がします。

厳粛なこの日を迎えようとしている今、偶然にも出会った冒頭の言葉。
せっかくのこの良き日を機に、マザーの言葉の真髄を
少しでも理解し、少しでも実践できたらいいな・・・と思います。

追伸:しばらくコメントのお返しができなくてすみませんでした。 20日の水曜日にようやく卒論の提出が終わりました。ようやく息を吹き返した感じです。 ですので、ゆっくりコメントのお返事をさせてくださいね。 この間、皆さんがいつも変わらず、このブログを読んでくれて 真摯なコメントをくださったこと、本当に嬉しく涙が出る思いでした。 どうもありがとうございました^^

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Sora220061015s

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Friday, 15 December 2006

覚え書き

ちょっとほめられたからといって、さも体得したかのような錯覚に陥っていた。

もし本当に身につけたのであれば、
見失ったり、
スランプに陥ったりはしないであろう。

「まだまだ足下にも及ばないのだよ」と
認めること・・・それが今の私には必要なのだろう。

ただ、「まだできていないこと」を自分で認めることと、
「だって、できないんだもん」と開き直ることは全く違うことだと思う。

  以上覚え書き。

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Saturday, 18 November 2006

厳しくなるとき

Photo

私が人に厳しくなるのは、
それは、自分が自分に対して厳しい目でみていて、

「いまのままの自分でいいんだよ」


そのままの自分を求め、受け容れることが
出来ていないからだと思う。

人を批判しそうになったら、
まず、自分を批判するのをやめると
もっと寛容になれるのかな・・・

追伸:「じょんのび・じょんのび」とは、亡き祖父がとっても気分がいいときに、言っていた越後弁。最近、自分の座右の銘(?)です^^

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Monday, 30 October 2006

季節はずれの花火

Uciages

Akahanabis_2

我が職場の学園祭であがった花火。

私の知っている人たちも知らない人たちにもたくさんいいことがありますように・・・

秋の澄んだ空気に輝く閃光に、そんな願いをこめながら。

Iroirohanabis

Panpkins

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Wednesday, 11 October 2006

生きているだけで・・・

20061010

大学院時代の友人に会った。
当日の思いつきで、自転車でまず隣町で待ち合わせ、そのあと宮沢湖まで自転車で向かった。

秋の日差しと風と緑。
普段「これがマイナスイオンだわ」なんて思うことも少ないけれど、自転車で自然豊かなこのあたりを走っていると、「これをマイナスイオンって言うんだわ」と実感する。

「お墓参りに行きたい」というので、お墓参りに一緒に向かった。

どういう関係のどなたのお墓参りなのか、それをわざわざ尋ねる必要もないだろう、と思って、何も聴かずに一緒にお墓を探した。

しばらくして見つけたとき、言葉を失った。

まだ中学生だった。

墓標が表す通り、とても優しい子だったという。

いろいろ彼にまつわるお話を友人が話してくれたあと、ぽつんと彼が言った。

「生きているだけで幸せなんだよね」

もちろん彼自身は天寿を全うしたのかもしれない。
でも、遺された家族、特に母の気持ちを想うと、今、いてくれていること、それをどんなにどんなに願うことか・・・。

ここからは私の話。
中学生くらいから、つい何年か前まで、「自分が生きる意味」を模索し探し続けていた。
生きる意味を周りに尋ねまくっていた時期もある。
しかしどんなに尋ねても探求しても、自分なりの「生きる意味」がどうしても見つからず、見つからないことに焦り、絶望した。

最近、「あれ?いつのまに?」と気づいたのは、
いつの間にか「生きる意味」を探そうとしなくなったこと。
生きる意味を追究しなくなってから、私自身はずいぶん穏やかになったように思う。

なぜそれをしなくなったのか、あれこれ考えてここに書くのも何だか野暮な気がするし、どれも理由でもないような気もするのだが、ただ一つだけこれだけは記しておきたいと思ったこと。

まだ来ぬ誰にもわからない未来をあれこれ心配し、
動かせぬ過ぎ去った過去にあれこれ執着することが常だった私が、
「今このときを大事にし、今このときの幸せを感じること」
に気づかされたことと、「生きる意味の探求」をやめたことと何か繋がっているような気がしている。
あくまでも「私の場合は」であるが。

私がそんなことにようやく気づいたのは、ちょうど一年前ぐらいだったなぁ・・・
そんなことを思い、茶畑のむこうの夕日を眺めながら自転車で帰路についた。

友人と、その子との出逢いに感謝。

ありがとう。

20061010s_1

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Tuesday, 03 October 2006

感謝

Manjusyagesirroakaups

Manjusyageguseiup20060924s

Manjyusyagegunsei20060923s

一つ年を取りました。

皆が祝福してくれて感激した気持ち、ここには到底表現できないけれども、有難いことでした。

この日を迎えて思うことを一つだけ。

健康に元気にこの日を迎えることができたことに
心から感謝いたします。

追伸:写真は今年の巾着田の様子です。
何をどう血迷ってしまったのでしょうか・・・
長年の夢だった一眼レフが私の手元にやってきてくれて、それで撮影した物です。
まだまだ機械の性能を使い切れていないけれども、これから10年くらいかけて、撮りたいと思っているイメージを撮れるように頑張りたいです^^

あと・・・おくればせながらようやく画像を小さくしてからアップする術をマスターしました。
今まで、このブログの写真をクリックすると、やたら大きい画像が出てきてご迷惑をおかけしたと思いますが、今回の写真からはクリックをしていただけると、少しだけ大きくなった画像を見ることが出来ます^^

Cosmosinakaie20060924

Cosmoshikariup220060924s

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Thursday, 24 August 2006

贈り物

Kappa


あなたは良い人です
ただちょっと臆病なだけです
愛すること信じること
人生を受け容れることに
責任を引き受けることが怖かったり
新しいことをやるのに少し
慎重すぎるだけです


寄り道をしてもいいんだよ!
真っすぐで広い道を
いつも皆と一緒に
駆けてくことはないんだよ
君は君らしく
自分だけの道を
ゆっくり歩いていけばいいんだ


今日の午前中、贈り物が届きました。
私が一目惚れした(!)かっぱちゃんに、私の好きな秋桜と向日葵のポストカードと優しいタッチの絵。
そして、しばらく前からずいぶん気になっていた葉祥明さんの絵本。

勇気と希望を持たせてくれる言葉がたくさん並んでいます。
上記の言葉はその中でも今日の私の心境に一番しっくり来た言葉です。


くじけそうで、どんどん内にこもっていってた最近の私。
仕事の面でも置いてけぼりをくらった気がして焦りつつも「私の今の大事にしたいことは違うことなんだから!」と一生懸命言い聞かせていた私。でも揺らいでしまう弱い私。


外の世界にベクトルが向いていきそうです^^
そして周りの動きに焦ることなく、私は私の大事にしたい道を自分のペースで進んで行きます。

自分で言うのも変ですが、こう見えて(?)私は極度の照れ屋でこういうとき、うまくその感動を言葉で表現することができません・・・

だから、一言だけ。

温かで優しい気持ちを本当にありがとう。


追伸:お気づきだと思いますが、しばらく前からブログのタイトルを変えました。合わせて、HNも変えます。心境の変化かな。自分のこと「姫」と言うのはもう流石に恥ずかしい年頃(?)になりましたもので・・・。ブログのタイトル等についてはまた別に説明しますね。

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Wednesday, 24 May 2006

元気です

皆さん!

お陰様で気づいたら元気になってました!
(気づくのが遅い・・・と自己突っ込み)。

今回の大不調、
抜けてみると、貴重な体験をたくさんしたので、
せっかく元気も戻ってきたタイミングですし、
しばし、研究にこのエネルギーを注ごうと思います。

とは言ってもブログ上では
そんなに何も変わらないと思いますが。

こう書くと何だか格好良くは聞こえるけれど、
私の今日早速おっぱじめた「研究」の際のスタイルは、
研究室の地べたにべったりと座って
そこで論文を読むこと2時間。
もっとまともなスタイルをとるべきだと自分でも思うのですが
そんなものです、私は・・・。

一応宣言だけさせていただきました^^

追伸:しばし、「てんねん」を書く気力もなかったので
書かないでいましたが、この絶不調の間にも
やってのけた私のお言葉。

「来週の授業の予言をします」

それを言うなら「予告」です。はい。
いったい、私は講義で何をしようとしているのか。¢(`=`)_ρ

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Saturday, 13 May 2006

レシピ診断

1週間終わりました~。

もう今週は泣きながら毎日通ってました。
登校しぶりが始まった子供はきっとこんな気持ちを味わうのでしょうね。

特に月曜日。
あんな最悪な体調、昨年までだったらお休みをとるくらいの状態だったのに、行きました!
そしたら、1週間こなせました~^^ 
確かに私は昔からそうでした。休むとかえってだめ。その後は行けなくなっちゃう。
無理矢理にでも行った方が、結局あとも行き続ける。はい、そういう子供だったんです。(って今子供じゃないって)

今日、どうしてもの書類仕事だけ片づけに行ってきます。

さて、世の中では成分分析がはやっているようですね。
先日と同様の理由でネットをうろうろしていたら、かなり笑わせてもらった占いを発見。

レシピ診断。

成分分析と若干似ている感もありますが、それぞれの成分を絶妙なタイミングと順番で加えて行くところが何ともすばらしい。かなりセンスの良さ感じます。

自分に関連する名前をいくつか入れてそれぞれレシピを出して見ました。


○○○○(現在の本名-結婚後の名字で)のレシピ
 

1.ナイフ 11.88 kgと銃 42.12 kgに尊敬という名の調味料と礼儀のいう名のスパイスを加えます。
 
2.下ごしらえは要りません。
 
3.次に16分間180℃の油で揚げます。
 
4.最後に隠し味として悲しみを少々振りかけて、適当に盛り付ければでき上がり!!

備考

  ○○○○が手に入る所:隠れ家的喫茶店

 お値段 (一人前):663万円

*何だか現在の私はちょっと厳しそうな人柄ですね~。確かに、最近の私は、礼儀とか仁義とかにすごいうるさいかも~。「悲しみを少々振りかける」がうっときました【ノ_;】
しかし、現在の私はこんなにお安いのか?


お次はながらくおつきあいした旧姓の私(因みにこれからはペンネームとして出現予定です)。

1.ジーパン 32.4 kgとのど飴 21.6 kgに問題という名の調味料と幸福のいう名のスパイスを加えます。
 
2.材料に飾り包丁を入れ、丁寧に混ぜます。
 
3.次に36分間180℃の油で揚げます。
 
4.最後に隠し味として憎悪を少々振りかけて、適当に盛り付ければでき上がり!!

備考

  ○○○○(旧姓)が手に入る所:縁日の夜店

 お値段 (一人前):6670万円

*何かえらく問題児だな。確かに私は集団生活では常にひどい問題児でした。学生時代はジーパンをこよなく愛し、下北沢で一生懸命古着のジーパン探すほどのジーパンこだわり娘だったし。のど飴も好物だった。実はけっこう合ってるかも。しかも、旧姓の私は現在の私よりずいぶん高級なのね。オホホホホ。


最後に、私の生活の中でとても大切な場となっているこのブログの作者、みやび姫。さん。

みやび姫。のレシピ
 

1.香水 44.28 kgと宝くじ 9.72000000000001 kgに困難という名の調味料と未来のいう名のスパイスを加えます。
 
2.下ごしらえは要りません。
 
3.次に34分間中火で煮込みます。
 
4.最後に隠し味として愛を少々振りかけて、適当に盛り付ければでき上がり!!

備考

  みやび姫。が手に入る所:隠れ家的喫茶店

 お値段 (一人前):5478万円

*何かいい感じ~ヽ( ´¬`)ノ   「未来という名のスパイス」と「愛を少々振りかけて」がすっごい気に入ったわ。お値段も満足。


皆さんもぜひやってみてくださいね~♪
けっこう楽しいですよ。
良かったら、結果知らせてください~^^

 


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Thursday, 11 May 2006

人形占い

最近、再び不調です【ノ_;】

ちょっと楽しいことでも見つからないかしら・・・とネットをうろうろしていたら、こんな占いを見つけました。

人形占い。

博多人形とか雛人形とか京人形などなど、何だかみやびで素敵だわ♪なんて、しなくていい期待を寄せながら、質問に答えて、わくわくして診断結果をクリック。

結果は・・・


わら人形。


えぇぇぇぇぇ~(;° ロ°) ナンジャコリャ


私ってわら人形?
しかもわら人形って「人形」?

そんなにうらめしそうかしら私。
きっと怒らすと怖いんだわ(爆)。
根はばかがつくほど単純だから、根にはもたないタイプなんだけどな~。

でも、出た診断結果、よく読むとやたら当たっています。
ネット上で遊ぶ占いでは、当たっているところとそうかな・・・って思うところと結構あるんだけれど、この診断結果は、全て当たってますね。この結果にびっくり。

皆さんもお試しあれ~♪

では、以下、私の診断結果です。
でも、これ読んで嫌いにならないでね~;;

--------------------------------------------------------------------------------
 人形占い 結果

好き嫌いが激しい
物事の好き嫌いが極端なタイプ。ただし、それをおもてに出さずに我慢してしまうので、思い切りストレスをためこんでしまうことがあります。

ひとりの時間が大切
集団行動が苦手なせいもありますが、プライベートな時間がないと耐えられません。

正義感が強い
物事は常に白黒はっきりつけたい人。善と悪についても、きっちりケジメをつけないと気がすみません。

キレると怖い
不満があっても、簡単には口に出さないタイプ。我慢を重ねて積もり積もった不満が爆発してしまいキレるのです。

コツコツ努力する
地道に努力するがんばりやさん。人知れず努力している自分がすきなのです。でも誰かに「がんばってるね」「努力家だね」といわれるのは嫌いです。

常に何かに打ち込んでいたい
打ち込むものがないと、パワーが出ないタイプ。だから常に夢中になれるものを探しています。

人の話を聞かない
ついほかのことが気になって、会話の最中にほかの事を考えてしまったり。人の話を聞いていないことが多いのです。


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Tuesday, 25 April 2006

昨日のてんねん

新学期は、まぁとにかくあきれた失敗が多くて、一日終わって帰って来ると、数があまりにも多すぎてなにをしでかしたのか、一つも覚えていないような状態ですね。

だから、日々書きつづりたいと思っても、失敗をしでかすスピードの方が速くて追いつきません。

でも、それにしてもひどい一言があったので、それだけここに書き留めておきます。

体をゆるめることで、身体にも精神的にも不快感が緩和されるという、心理療法があるんですけれど、それをゼミでゼミ生たちに教えていたときのことです。

「けっこういい感じで進んでいるかも・・・」と気を抜いた瞬間。

「手の力を抜いて~」

というべきところを

「手の血を抜いて~」

と言ってしまいました。

「から」が抜けただけなのに、どうしてこんなに状況が違ってしまうのでしょう・・・。私はいったいなにを教えているんでしょう。

昨年の傑作(?)「えりこさん(エリクソンの言い間違え・・・2005年5月17日の記事)」と並ぶか、それ以上にひどいいい間違えで始まった我がゼミ。

自分が一番シンパイです。

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Thursday, 20 April 2006

春いろいろ

Kamoike_1

春や新学期、全てが新しく始まる時期が苦手な人が私だけではないんだということは、私もだんだんと分かってきました。
私はやっぱりおかしいのですが、それでもがんばって真面目に仕事をやろうとすると、それは「てんねん」行動が増えることになるようです。

講義で使ったマイクをしまおうとしているのに、コーヒーメーカーの前でうろうろしていたり(方向はまったく違う)、下に用があるのに、上のボタンを押して待っているエレベーター(しかも、はっと我に返って間違いに気づいたら、てんぱって逃げてきちゃった・・・)、「履修希望人数を把握したいので、出席カードに記入お願いします」って人にお願いしておきながら、それを忘れて解散させてしまい、学生に指摘されて、あわてて「お願いします~」と書いてもらったけれど、回収できたのは、140あるはずのものが90しかなく・・・。
そんなことを同僚の先生に話し、「春はやっぱりおかしいですね・・・いや、一年中おかしいんですけど」と言ったら、ぷっと笑って、否定されなかったし・・・。あやや・・・。

このブログのサブタイトルは「大学で働くてんねん姫君の悩み」なので、やっぱり、「てんねん」が頻発している今こそ書かねば!と律儀(?)な私は書いてみましたが。

でも、本当は書きたいな・・・と思っているのは。

最近、ブログの更新の頻度が減っているのですが、今月に入って少ないのはちょっと訳があります。
前々回の記事(抑圧・・・)を書いてからの間に、昨年の今頃の記事を自分で読んでいたのです。
忘れっぽいというか、日々新鮮な生活を送っている私は、かなり忘れていたのですが、昨年の今頃の記事を読んでいたら、その頃が本当につらかったことを思い出し、しばし涙してしまいました。そしたら、ブログを書く手がしばらく止まってしまいました。

今年も相変わらず馬鹿なスタートを始めているけれど、でも、少なくとも自分の気持ちは1年前とは格段に違う。

緊張がある中にも余裕がある。
不安がある中にも安心感がある。
このおかしい自分をどこかで楽しんでいる余裕がある。
そして、格段にできることが増えている。

うまく表現できないけれども、昨年1年間必死でやってきたこと、様々な経験をしたこと、思い悩んだこと、もがもがと頑張ってやってみたこと、そして、たくさんの素敵な人に出会え、お話ができたこと、それらが今身になっているんだなぁって感じることができました。

みんなありがとう。

これからもよろしくお願いします(・_・)(._.)

Kamo


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Wednesday, 19 April 2006

せっせと・・・

Hanabatake

本日はせっせとホームページ作りをしておりました。
今更・・・なんですけれど、せっかくアドレスを取得できたのと、しばらく前から真面目な内容でのページを持ちたくて、・・・でようやく昨夜から手を付け始めました。

やり始めるととまらないものですね(笑)。

今年は、休みを週3日確保しました。
昨年、3月、10月の2度の悲しい出来事。
仕事のせいではないのかもしれないけれど、ちょうどこの春、子供を産んだ大学時代の友達の「○ちゃん(姫)は、もう少し仕事減らしなよ」の一言に後押しされる形で、仕事を思い切って最低限にする決意をしました。

で、本日は休みだったのですv(⌒o⌒)v

昨日の仕事中から今日をどのように過ごすか、考え出したら、仕事をする時間も惜しいほど(?)考えがとまらなくなり・・・
で、思う存分することができたのが、ホームページ作成。

難しいけれど、楽しいです^^
ホームページ作成は実は初めてで、タグも仕組みも何にも知らないところから始めています。

完成はいつのことになるか分からないけれど、完成した暁には皆様にお知らせします。(・_・)(._.)

Mokuren


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Saturday, 11 March 2006

春・・・想うこと

春休みなので(とは言っても、会議やら行事やらがあって、まとまってのお休みはないのだが)、普段、買っておきながら読むことのできていない本を読みつつ、家の掃除をしたりして過ごしている毎日。
つらつらと考え事をしては思いついたことをブログに書いたり、メールを書いたり。そしてお昼寝も。

平和な生活だな・・・
つくづく思う。

大病のはじまり(それはほんのはじまりだった)は、7年前のちょうど春だった。

3月に兆候がはじまり、4月に病院に行ったのを記憶している。5月、だましだまし仕事に行っていたが、当時の私の勤務は週6日、一日12時間以上も職場にいる。それでも仕事は終わらず、移動中も家でも仕事をしていたけれど、終わるどころかたまっていく一方。
そして、6月にとうとうどうにもならなくなって、朝、父の部屋をコンコンとたたき、いつもと同じ返事が返って来るなり、「もう仕事辞めていい?」と涙ながらに父に言った。

「そうか・・・」。父はそれだけ言った。そして、まず私に仕事を休む手配をするよう指示し、手配が済むと、父は自分も会社を休み(確かその日はとても大事な仕事が入っていたはず)私を病院へ連れて行った。そこで、父も医者と会ってくれた。
聞かされたのは深刻な病名(私の実母と同じ)であったため、さすがの父もしばし無言になった。
しかし、ふと思い立って、私を「電車はいやだろうから」と、自分の運転する車で上野動物園まで連れて行ってくれた。
動物を眺めながら「おまえは真面目だから、こうしてさぼることも息を抜くこともできないんだよな」と父。
父が苦手な営業担当だったとき、どういう風に息を抜いていたか(ようは”さぼる”・・・)の話をしてくれたのだけを覚えている。

それから私の闘病は始まった。

こんなことを突然書きたくなったのは・・・。

冒頭に書いた当たり前のような生活。
闘病中、この全てが私にはできなくなったのだ。
本を読むことも、掃除をすることも、物を考えることも、そして書くことも、昼寝すらも、とにかくそのすべてが出来なくなった。
そんな日が何年続いたことだろう。

それがいつのまにかできるようになったんだなぁ・・・と今日本を読みながらふと気づいたのだ。
できなくなったのも春だったけれど、再びできるようになったことに気づかされたのも春。
春はあまり得意な季節ではなかったけれども、何だか今春からは、好きな季節になりそうだ。

当たり前のことが当たり前にできること。平和で幸せなことだと思う。
そして、本当にありがたい。
私自身を、そして、私のまわりに在るもの全てを大事にしていきたいと思う。

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Wednesday, 08 March 2006

春の主役

ohana


ohantachi

春の主役。
結婚式に飾ってもらいました。


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Monday, 06 March 2006

夢の中

3月3日の出来事は何だか夢の中の出来事だったようで、
記憶もふわふわとしていて、あまりよく思い出せないし、言葉にもなりません。
手元にまだ写真がないからかなあ。

ただ、一つだけ言葉にできること。
忘れたくないからここに書き留めておきます。
私の独りよがりの独り言ですけれど。

式の最中のスピーチでもどの人も言っていたのだけれど、私の生い立ちを人は「苦労した」、「かわいそう」、「寂しい思いをした」と私が子供の頃から言い続けています。

私にとって大事な人々が話してくれているのを聴きながら、こんなことに気づきました。

確かに子供の頃は、自分の「不幸」をのろっていたし、
「お姫様願望」もあったし、「生まれ変わりたい」とも思っていました。

でも、今の年に近づくにつれて、
自分でもいつからか気づいていないのですが、
私は決して「苦労」もしていないし、「寂しい」思いはしていないよ・・・って思うようになりました。
それに苦労も寂しい思いも少しもしない人っていないと思いますし・・・ね。

式に来てくださった方々をみて、
その人たちの言葉をきいて、
みんなの笑顔をみて、
「私はこんなにたくさんの人に人一倍大事にしてもらって、かわいがられて育ってきたんだ」って改めて思えて、それで涙が出てきました。

私はむしろぜいたくに育ったように思います。
(だからすっかり「姫」なんですけど・・・(;^_^A )

本来ならもっと距離をとるであろう離れた親戚までが、自分の娘のようにいつも大事にしてくれたし、父もたぶんどこの家にも負けないくらい、私に甘く、優しい、愛情深い父でした。
(今でもそうです)。
確かに、母親は目の前にはいないけれども、そしてそれを不憫に思う人もいるだろうけれども、私は、母親一人から受ける以上のたくさんの愛情を受けてきたのだと思います。
式の間、父の姿をみて、「何人分もの親だな」と思い、とても誇らしかったです。

天国の祖父・祖母・叔父の声も聞くことができました。
ファッションセンスに非常にシビアな祖母の手前(センスのはずれた身なりをしていると、一家の大恥と言わんばかりにひどく嘆く祖母でしたから)、自分一人で、白無垢・色打ち掛け・ドレス・美容・アクセサリーを選び、コーディネートするのは大変でした。
当日は、天国であきれたり嘆いたりしていないか心配してました。
でも、喜んでいてくれることを感じることができました。

集まってくれた友達も笑顔で優しい言葉で迎えてくれました。
そして、帰ってきたらこのブログにも温かいコメントが・・・。
Sちゃん、式に来てくれてありがとう~。会えて本当に本当に良かった、嬉しかった^^

こんなにたくさんの人が大事にしてくれる自分は、
とてもぜいたくな幸せ者です。

本当に、あらためて、全ての人に感謝します。

式のあと、父からも言われましたが、
これからは、自分が受けてきた(いる)愛情を、人に注いでいきたいと強く思います。
次こそはべびちゃんだわ。
昨日、久しぶりに日高の神社とお寺に行って、決意を固くしてきました。

こんな私ですが、よろしくお願いします。

あっ、最後になってごめん。
このような式を私にプレゼントしてくれたはーくん、ありがとう(直接言えないけど。(^u^)プププ)。
こんな私だけどよろしくね。

#「嫁ぐにあたって」がまるっきり完結していませんが、忘れてしまったわけでも、気が変わったわけでもなくて、これは続きます。
自分にとってもかなりヘビーな気力を使うので、こちらは不定期にゆっくりゆっくり書き綴っていきたいと思います。

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Sunday, 05 March 2006

良き日

PIC_0329


ありがとう。
まだ、何にも言葉になりません・・・

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Friday, 03 March 2006

本日・・・

今週に入ってから、昨日まで、冷たい雨が降り続いていたのに、
今日は真っ青なお空で晴れています。

本日挙式をしてきます。
入籍はすましているとは言え、
やはりいろいろな思いが巡り、
特別なそして身が引き締まる思いでこの日を迎えました。

こうして素敵な天気にも恵まれ、
このように健康にこの日を迎えられること、
ここ6~7年、さまざまな病気に悩まされた私にとって
本当にありがたく思います。

神様、
そしてこれを読みに来てくれている大事な友達たち、
父、夫の親、
親戚、
ご先祖様。
その他私に関わってくれている皆様。
二人の天使ちゃん。
そして、はーくん。

全ての人に感謝しつつ行って参ります。

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Wednesday, 22 February 2006

嫁ぐにあたって-その1ー

16_122


とっくに嫁いでいる身としては、今更順番が違うのですが、
自分の気持ちをきちんと整理しておこうと思い、
嫁ぐにあたって考えること、感じることを綴っていこうと思います。

最近、結婚式というものをする意味というものが分かってきたような気がします。

入籍だけすましていたこの2年間には気づかないことが
今回の式にあたって非常に気づかされるようになりました。

それが私の今の鬱の原因にもなり、
情緒不安定のきっかけにもなるのですが。

特に嫁に行く女性の立場。
自分が生まれ育った家を出、夫の家の人間になるということについて。

私はこのご時世にはちょっと古風な考え方をするのかもしれませんが
この重みと大きさをひしひしと実感しているここ最近です。

ちょっと複雑ですが、
私の立場を少し説明すると・・・

私の祖父は次男でしたが、私の家○○家を継ぎ、
本家の役割を担っていた新潟の家と仏壇とお墓を守っていました。

長男である私の父は、大学進学から関東に出てきて、就職・結婚を通して関東(始めは埼玉、今は千葉)に住むようになりました。

その長女(現在は一人っ子です)である私は
家の事情から(そのうちぼちぼちとブログに書いていこうとは思っています)
幼い頃は新潟の家に預けられて祖父母に育てられ、
その後いったん千葉に戻り、小学・中学とは千葉の家で育ちましたが複雑な環境だったので、中学3年生の時に、自分の意志で千葉の家を出、新潟の家で再び祖父母と暮らすようになりました。
そのため高校3年間は新潟で過ごしました。

父が千葉に家と家庭を築いていたので、
祖父はだんだんと私に期待を寄せるようになりました。
祖父は本家として家を守っていたので、
やはり跡継ぎの心配をずっとしていたようです。

新潟の家にはすぐ近くに教員養成大学があったので、
(私が通った高校よりも近くにありました)
祖父の思い描く夢は、私がその大学に行き、そのまま新潟県で祖父と同じ職である教員になり、
新潟の家と仏壇とお墓を私が守るというものだったようです。
(私自身も知っていましたし、祖父が亡くなったとき、親戚の大叔父がやはり私に話してくれました)

私が中学の時に千葉の家を出て、新潟の家に移ったとき、
私自身も、「おじいさんの家を継ぐ」と決めていました。

そのため、私自身、その後「やりたいことと」と「お家」の間で進路決定にはその都度ずいぶん悩むことになりました。
(周りもそのたびに期待したりがっかりしたりしていました)。

話がとびますが、
今、私が嫁いでから、父は一気に老け込み、
非常に無口になりました。
たぶん思うこと、考えることはたくさんあるだろうに
決して父はそれを口にしません。
そんな父の姿を思うたびに、私は泣けてしまうのです。

そんな気持ちを整理していくために、
このようなことを、今、書きつづっていこうと思ったのでした。

長くなってしまうので、続きは分けて書きます。

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Tuesday, 21 February 2006

二人

hiroma

マリッジ・ブルー

結婚式を間近にした新婦が情緒不安定にハマる現象。「今後の生活」「パートナーとのこと」「パートナーの実家との付き合い」「仕事のこと」等々、その要素は様々だが先ずはパートナーや信頼の置ける友達に何でも相談すること。

結婚準備・結婚式に関する便利用語集より

実はこの場では書いてこなかったのですが、来月あたまに、挙げていなかった式を挙げることになりました(○○あたまって言い方、「大人語」って言うらしいですね)。
1月から、とにかく私の調子が悪い・・・。
1月はそれでも何とかかんとか仕事だけはこなしていたのですが、2月になってからはうつ気分がひどくて、何とか仕事に行く以外はほとんど動けず、やるべきことに手も着かず、やるべきことがたまっていき、そんな自分につぶれてしまう。
春だから具合が悪くなったのかとか、もうこれが私の限界かなどと本気で思っていて、「もう私は仕事を続けるのはだめか」と思い始めていました。そんなときに、ふと冒頭の記事を目にしたのです。

「私、当てはまるじゃない!」

昔からひねくれている私。
どこかで、教科書どおりには自分は当てはまらないと思いこんでいる節があって、今回のことも「まさか自分が」って思っていました。
しかも、私の場合入籍はとっくにして、既に結婚生活をしているので、今回は式だけ。
「マリッジ・ブルーには当てはまらないだろう」と思っていたのですが・・・
でも、たぶんこれに当てはまるんだと思います。はい、認めます。

マリッジ・ブルーは手強いですね。
慶事だから、周りは本人の鬱状態を理解するのも困難だろうし、ともすると軽く見てしまうこともあるかもしれないと思います。
自分でも慶事なのに泣いている自分を受け入れがたいし、「何てひどい奴なんだ」とかえって自分を責めてしまう。
私の場合ですが、かなり強い「鬱」を感じます。
(ほんと動けません【ノ_;】)

できないことはできない、できることだけしかできない。
だから、できもしないこと頑張らなくちゃって思わないように言い聞かせてやっていきたいと思います。

迷惑&心配かけてしまった皆さん、ごめんなさい。
遅くなったけれど、ようやく動けそうです。
これまでは泣いてばかりだったけれど、ここからは笑顔いっぱいで準備していけたらいいな。

#下の写真は、父を連れて日高のお寺に行ったとき、父の「梅が咲いてるよ~」の一言で見つけた梅。
こんな鬱々しているうちにも春は少しずつやってきているんですね。

ume


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Sunday, 05 February 2006

もののはじめ

突然ですが!
ドイツ語の勉強をとうとう始めました。

6年ほど前にドイツに観光に行ったとき、”にわかドイツ語”の勉強を2週間ほどしましたが、
いざドイツに行くと、ドイツ語で話しかけても英語で答えが返ってきて・・・
たいした勉強もしていないのに、ない自信を喪失し、その後ドイツ語は手つかず。

でも、始めました!-A^S-W^(←これは私がちょっと目を離したすきに、猫が書きました)。

理由はフロイトとユングをどうしても原書で読みたいため。
(日本語でいくら読んでも理解できないので、少々強迫的な私は、「ならドイツ語で読もう」というなんとも無謀な計画を立てたわけです。)

ドイツの景色そのものも大好きなんですね。旅行に行って、お茶飲みながら、窓の外のハイデルベルグの街を眺め、「ここに留学するにはどうしたらいいだろう」って本気で悩みました。
でも、「景色が好き」なだけじゃちょっと留学できないですね・・・。
せめてもと、今回のドイツ語の勉強について一応崇高な理由を掲げてみました。

「ペーターはウィーンにいます」
「スプーン=男性名詞
 フォーク=女性名詞
 ナイフ=中性名詞」(料理を食べるたびに「彼とって!」とか「彼女を使ってね」とか言っていれば覚えるかしら)
「お父さんの複数形」(→どういう場面で使うのかしら・・・?例文などが私の今使っているテキストにはないので)


を覚えて喜んでいるこの私が、フロイトとユングを読めるようになる日はいつのことなのでしょう。

本当はこのような場に書くのはためらいがあったのですが、何度も「勉強する!」と心に決めては勉強そのものが自然消滅していたこの意志の弱さ。
今回は、宣言してみることにしました。

そういう今週末、採点地獄です。明日が成績提出締め切り。
こんなことを今頃語っているのは、これもきっと現実逃避。
研究室は「引っ越しでもするのあなた!」というほど片づき、いつになく美味しいカレーができました。

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Saturday, 28 January 2006

出会い

yukitokokubunji


昨日の金曜日に、ふるい知り合い(お母君をHさん、娘さんをMさんとします)と会ってきました。

やはり8年ぶりでした。
8年ぶりと行っても、こちら関東で会ったのは、今回で2回目。
この方のお父さんを通じて、「関東でも会いましょう」という約束をしたのは、10年前の祖母のお葬式の日。
だから、大人になってから親密に話をするのは、まだ3回なんですよね。

東京多摩地区のK市(K市はいくつかありますけど・・・)にて待ち合わせ。
まずはランチにフランス料理を食べながら、たくさん語り合いました。
その後、人形展に連れて行ってもらい、さらにアトリエの多いこの街を
アトリエを中心に練り歩き、この方自身の染織のアトリエに寄らせていただき、そこでお茶して、
一つお願い事までして帰ってきました。

たくさん話ができました。新潟の家のこと、祖父と祖母のこと、「(その土地の中で)かなり変わった家に育ったこと」などなど。
身内の少ない私にとって、とても懐かしい時間でした。

お別れして、どうしてもこの話は覚えておかなければいけない・・・
帰りの電車の中で、その話を忘れないようにと携帯にメモしていたら、ぼろぼろそこで泣いてしまい、
ついでに鼻水でぐずぐずになりました。
最近、とみに涙もろいです。私。

それはこんな話。

私の大学受験に関しては、かなり周囲を心配させました。
現役の時には、第一希望である関西の大学に落ち、関東の短大に合格しました。
私は、どうしても第一志望の大学に進学したかったため、浪人を希望していたのですが
「女の子だし、せっかく良い短大に受かったんだから(当時としては人気のある短大でお嬢様学校)」と、
親や祖父母に説得され、本人はしぶしぶ進学。
でも、いざ進学してみると、いろいろ考えるところがあり、周囲の反対を押し切って、自分一人で勝手に決めて半年で退学。

現役のときは5教科受験だったから、落ちたのだろう、といわゆる「難しさ」はアップするのにもかかわらず、「3教科受験だから」という理由で、志望の大学を変更してそのまま神奈川の土地で、バイトをし、一人暮らしをしながら浪人生活へ。
そんな事情で挑戦した再度の大学受験。

昨日、教えてもらったのはその頃の話です。

この年、敬老の日に祖父と電話で話をしたそのすぐ後、
祖父は脳梗塞で倒れ、病院で意識も戻らない状態が続いていました。
そんなある日、HさんとMさんが、祖母の元を訪れたそうです。
そのとき、祖母は、母君のHさんにではなく、まだ小さいMさんにこんな話をしたそうです。

「○子(姫の本名)が大学に合格するか、おじいさんが助かるかなんだよ」

小さなMさんは、一生懸命考えて祖母にこう言ってくれたそうです。

「神様はそんなどっちか一つかなんて言わないよ」

感情を表には出さない祖母は、きっと心の中でうれしさと感激で涙していたことだろうと思います。
その後、私は合格し、祖父は、私が大学二年になった桜の咲く季節まで生きました。

私はこの話を聞くまで、自分の力のみで合格を手に入れたつもりでいました。
そんな自分を恥に思いました。

それから15年も経ち、その祖母もいない今頃だけれど、神様と祖母の愛情と、私に命を引き渡してくれた祖父と、そして小さなMさんの優しさに深く感謝します。

こんな話を聞くことができたこの日の出会いにも感謝します。


#写真は、ちょっと赤くなってしまいましたが、祖父の水彩画です。五智国分寺の冬の景色。
今年の冬はこんな風景なのかな・・・。写真を撮る際、赤くなるのを防ぐには、赤と反対の色である青のフィルムをレンズの前に挟んで写すとよいそうです。これも、昨日の”練り歩き”の産物^^
ちょうど、とあるギャラリーで作品を撮っていたプロのカメラマンさんに教えてもらいました^^

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Wednesday, 25 January 2006

最近・・・

最近、ちょっと調子が悪いのが続いています。

去年の5月、6月にひどく悩まされて、仕事も休まざるを得なくなった左顎のかみしめが、再発したんですよね・・・
寝ているときだけではなく、起きている間にもかなりかみしめているらしく、一日が終わり夕飯の頃になると、ひどく痛んで食べるのも苦労します。

首筋や頭が痛む風邪もあるようなので、それかな・・・と思っていたのですが、ちょっと違うようでした。

たぶん、毎日何かしら強い緊張を感じているんだと思います。
先々週で授業が終わり、これからのシーズンは、定期試験やら、先日終えたセンター試験や入学試験やらになります。
ルーティンの仕事ではないことが続くのと、ぽかも許されないのとで、たぶん、意識はしていなくても
すごく緊張しているんじゃないかなぁって思います。
朝はとんでもなく早く起きてしまうし・・・
先週、大ぽかやって、すごい怒られてしまったばかりだし。

そんなときって、日々のちょっとした出来事にも敏感になってしまいますね。

でも、今週は楽しみも待っています。
ふるい、懐かしい知り合いに都内でランチをする約束があるんです^^
人形展のプレゼント付きで^^
お会いするのは・・・8年ぶりくらいかしら・・・?

新潟で教員をやっていた私の祖父の教え子の娘さんとそのまた娘さんにお会いします(この説明で分かります・・・?)。
私にとっては親代わりである祖父が亡くなって10年以上経ちます。
新潟の家も燃えて、なくなってしまった今、こうして、祖父や祖母や新潟の家をよく覚えてくれている人に会えるのはすごく嬉しいものですね。
(この方は、祖父母のもとに、絵やお花を習いに来てくれたりして小さい頃から我が新潟の家に通ってくれた方なんです。この方自身、染織家であり書道家でもあります。)

それを励みに何とかこなします!

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Monday, 23 January 2006

眠り

試験監督の間はただただ暇。

何もすることができない(”監督”はする)。
せっかくだ、何かの修行の時間に使えやしないか、と
今回は”座禅”をテーマにしてみることにした。
(何せ静かにしていないといけないので)

それなら、と”空(くう)”の境地を練習してみると、
こういうときに限って、非常にうまく行き過ぎるのか、
雑念も浮かばない代わりに、1,2分とたたないうちに、眠気が襲ってくる。

私は、何年も眠り方を忘れてしまっていた時期があったけれど、
なるほど、”空(くう)”は眠るコツを見事に教えてくれるようだ。
・・・・・ということを身をもって発見。

眠かった‥ゴシゴシ(-_\)ゴシゴシ(/_-)
(居眠りは厳禁ですので、大変でした!)

とにかく何事もなく無事済んで良かったです。

そして、こんな場ではあるけれど、眠りを思い出せた今があることに心から感謝したい。
あのころは眠気すらも襲ってきませんでしたから。

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Sunday, 22 January 2006

私の家

もう何日か前の話になりますが、夫が、留守番電話に録音されたものをきいたらこんな電話が入っていました。

ご自宅にすみません。○○課の○○(女性の職員)です。~~~(以下用件)」

職場からの電話でした。
普段からこの方は勢い良くて、私は一緒に仕事をしやすいのですが、
(この方の名誉?のため言っておきますと、私はこの方が大好きです)
このときもいつもと変わらず勢いよく入っていたそうです。

私に朝一番で用があったようで、電話に大急ぎで連絡を入れたようです。
自宅には滅多に連絡は来るものではないので、かなり重要な急ぎの用件でした。

○○さん、ごめんなさい。そんな大事な話のときに、私、つかまらなくて。

・・・でも、その電話の先、残念ながら私はいません・・・
なぜなら、そこは夫の研究室だから・・・


留守番電話をきいた夫が大笑いしながら、私にした話でした。

当の本人である私は、いやあ、笑うって言うより、びっくりしましたよ。

それとも、私は、夫の研究室に居候してるのかしら。
自分でも気づかずに。
そうか・・・そうだったのか・・・
ショック・・・かも。(;° ロ°)

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Wednesday, 11 January 2006

久しぶりの天然

我ながら、「だからてんねんと言われるんだろうな」って思った今日の出来事。

どうも風邪をひいたらしいのですよね。
ここのところ調子悪いな~と思っていたら。
昨年、休職直前の夏休みに胃カメラを飲むはめになった私としては、最近、胃がひどく気持ち悪くてその時の感覚に似ていたので、夫にも言えず、「あの悪夢の再来か・・・」と気にしてしまって、さらに具合が悪くなっていました。

が、今日、久しぶりに大学に行ったら、周りの話によると今回の不調は「風邪」だそうで・・・。
確かに鼻水が出て出て仕方がないけど、私は慢性のアレルギー性鼻炎持ちなので、最近の冷えで起きているのかとずっと思っていたんですよ。
今の風邪は「鼻がやたら出て、胃に来る」というものなんですって。
私の症状じゃないですか。

講義と講義の間の休み時間に分かった話だったので、嬉しくなって走って次の講義に行きました。


・・・そうは言っても、オフィスアワー(学生が自由に研究室を訪れることができる時間)が過ぎて一人になると、やはり具合が悪いことを意識し出したので、「今日は具合悪いから、早く帰って禅の本でも読まなきゃ」って自然に思っていました。

私、調子(主に精神的な)が悪くなると、強迫的に本を読んで、で、安定を取り戻すという癖をもっているんです。
で、いつものごとく、やる必要があるな・・・と今日は思ったのですが・・・。

風邪は禅の本を読んでも治りませんよね・・・

・・・やめました。

本当は今週土曜日にある卒業論文発表会に向けて、特に、副査(別の教員が指導した論文の審査)をしなければいけないんですけれど、ちょっとそれどころの「あたま」ではなさそうなので、ゆっくりすることにします。

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Tuesday, 10 January 2006

とらわれぬ愛

IMGP2989

何かがおきたときに、
力を発揮するのは「とらわれぬ愛」だけです。
とらわれぬ愛とは、
何もなかったように振る舞い、
何もなかったように見過ごすことです。
決して悪意をもたないことです。
悪意は争いしか生みません。
怒りをもたないことです。
怒りは心と体を混乱させるだけです。

  エドガー・ケイシー 「“ことばの宝石箱”愛するほどに『愛の力』は強くなる」より

私は、マイナスの感情というのが、実はひどく苦手です。「悲しみ」は大事な感情だと思うのですが、「怒り」とか「恨み」とか、攻撃の感情は、自分が感じ、自分が出すと、自分がそのあとも乱れて、疲れ切ってしまうし、人から向けられるのもひどく動揺します。

この言葉を読んで、はっとしました。

愛というのは、自分が欲しければ、自分が与える。怒りも自分がもたなければ、相手もそのうちおさまる。そうしたら、平穏な関係がまた戻る。平穏な世界が戻ってくる。誰よりも自分が穏やかでいられる。傷つきも少なくてすむ。

きっとそうなんだろう。そんなことを思いました。
大事にしたいと思います。

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高天原

IMGP2769


常に思いやりの心深く、人を憐み、人を助けて、地上に平和の高天原を現すべく世界作り固めの御役目大事と働く事が、誠の神の教えである。

以上が私の今年の抱負です。
格好良く言うことはできないのですが、こう在りたいと思います。

人の思いやりの有り難さをものすごく感じているから・・・。
だから、これを大事にしたいと思うのです。

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Saturday, 07 January 2006

謎の人物

今年の年賀状の中に不思議な宛先のものがありました。

○○ ○子様(姫の名前)
     厚子様

とあったんです。
厚子さん
って誰??????

我が家には同居している親も子供もいませんけど(と思っていましたけど)。
女性は私だけなんですけど(と思っていましたけど)。

この年賀状、私がかつて勤めていたクリニックの院長からなんですけれど、きっと我々の気づかない厚子さんは、クリニックに相談に行っているか、電話で相談しているかしているのでしょう。ごめんね、厚子さん

でも誰???

私の周りでは去年から、不思議な現象が起こるんですよね。
昨日の朝も、化粧クリームを顔に塗って、蓋をしめたはずなのに、あとから見たら開いていて、「あら、閉め忘れたかしら?」と今度はちゃんと閉めたんですけれど、やっぱりあとで開いていたり。
うちの猫はときおり、壁や戸の閉まった押し入れをじっと眺めて、にゃごにゃごしゃべっているし(ネズミではなさそうなんです)。
物はよく移動してますしね。

私にとっては全く怖い「存在」ではなく、むしろ微笑ましく、「いるのね・・・」と時折存在を確認させられているような感じなのです。夫は否定していますけれど(気づかないらしい)、私は密かに「座敷童かしら・・・」って思っているんですけれどね。

ただ忘れているだけだったり、記憶違いだったりが原因とも言えるかもしれませんが、昨年いろいろあった私には、案外このように考える方が腑に落ちて喜びにもなっています。

ってこの手の話、苦手な人、ごめんなさい!

相変わらず、「新年の抱負」はいつ書くのでしょう?もう仕事も始まったのに。私のことです。この調子で気づいたら大晦日を迎えているのかもしれません。

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Monday, 02 January 2006

才智をもって

元旦の日の昨日、「新年の抱負は明日書く」と宣言しましたが、実は、新年の抱負は胸には抱えているものの、
なかなか言葉でまとまらなくて・・・ 
在りたい姿、目指したい姿はあるのですけれどね、それがまだうまくまとまらなくて。正月休みが終わるまでに
何とか書き留めておきたいと思います。

今日、「この言葉を待っていたの!」という言葉に出会えました。
ここにはメモですけれど、書いておきます。


二十歳は意志に支配され、三十歳は才智に支配され、四十歳は判断に支配される  
                                         
              グラッドストーン(19世紀英政治家)

去年からもがもがともがき続けているのですが、20代までのやり方とは変える必要があることを、否が応でも突きつけられることが多くなったからなんです。
「でもどう変えたらいいのだろう・・・?」ともがいてきているのです。
20代はひたすら「意志」でもって、走り続けてきたように思います。
だから、今の環境があるのだと思います。
でも、30代になって、そして、身体のことなどもいろいろ起こってくるようになって、「意志」に合わせて動くと、身体も精神もついてこないこと、というかつぶれてしまうこと、そして、周りからも20代のときのような甘えやミスは許されなくなってきていることに気づき始めていました。

なので、この言葉に「なるほど・・・」と深く感銘したと同時に、20代のときの突っ走りは、もう潔く辞めて良いんだと、妙な安堵感を得ました。

迷いというか悩んでいたのですよね。
また、このように自分が変わってしまうことに対して恐怖感も感じていたんですよね。

安心して、最近追求していることに専念できそうです^^
今はまだまだ「壊れたレンガ」ですけれど。

これからは「才智」ですね^^
30代に入ってだいぶ経った今頃になってなので、気づくのが本当に遅いんですけれどね(;^_^A アセアセ…

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Sunday, 01 January 2006

新年

komajinja

あけましておめでとうございます!

こんな姫に皆様、去年一年間おつきあいくださって、本当に本当に感謝しております。
ブログは始めてみて、自分にとっては本当に良かったと思います。
昨年はまだまだ天然が発揮しきれなかったので、今年はさらに天然に磨きをかけて精進してまいりたいと思います。
こんな姫ですが、2006年もどうぞ宜しくお願いします。(・_・)(._.)ペコリ

年取りは、紅白を見ながら年賀状書きでした。就職してからは、すっかりこのスタイルが定着してしまいました。これでも昔は、「何が何でも年が明ける前に全てを書き終え、投函する」ことがポリシーだったんですけれどね。もう、そこは無理はやめました。

で、年が明けて、まずはいつも通っている神社へ初詣に行きました。すごいにぎわいと同時に、普段とはずいぶん違う雰囲気(「気」もそうですね)を感じ、やはり特別な日なんだなぁと思いました。おみくじをひいて、お守りと今年は色ダルマに願いを託してみることにしました。

家に帰ってきて、睡眠。

明けて元旦の朝(実際には昼でしたけれど・・・)。

私の歴史上でいちばんうまく出来たんじゃないかというお雑煮と、おせちを食べたあと、川越の喜多院に行きました。
ちょっと思うところがあって、実は昨年の中頃からずっと行きたいなって思っていたんです。混んでいるのは承知なのですが、やはりどうしても行ってみたくて、呼ばれるように行って参りました(3日が一番のメイン行事らしいのですけれどね)。
元旦に喜多院に行くのは初めてなのですが、すごい人でしたね。まず、車が止められません。でも、不思議と心は穏やかでした。たぶん、仏様が悪いことにはしないでくださるだろうと自然に思えたんですね。車は無事止められ、今度は参拝のために並びました。この時期は45分に一度護摩修行をやっていて、それも見ることが出来ました。護符とお守りを買って、で、おみくじをひこうと気軽に行ったら、並びました、並びました!でも、こちらも何とかひかせていただくことができました。

暗くなってきたところに屋台もたくさんあるのが目についたので、今川焼を食べようと向かったら、また並びました!でもすごく美味しかったですよ。

本当は新年の抱負を書くつもりでいたのに、違うことを書いていっぱいになってしまいました。

こんな新年を迎えました。

抱負は明日書きます!

#上の写真は除夜の高麗神社。下の写真は夕方の喜多院の風景。

kitain

kitain2


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Wednesday, 14 December 2005

提出期限へ

相変わらず、いろいろなことを考えたり感じたりして過ごしていますが、しかしですね、もう卒業論文に忙殺されています!通常の業務(講義)も会議も、3年生以下の学生の対応もしつつ、合間の時間は、自宅でも休日でも卒業論文の指導や添削。平日は、夕方になって、頭がまったく働かなくなって、「そう言えばお昼食べてないや・・・」と気づく始末。今日は冷え切ってて、麺と麺がくっついて離れない焼きそばを食べました。美味しいのに、ここの焼きそば・・・( ・_;)( ;_;)( ;_;)(>0<)
頭は完全に研究&執筆モードですね。かなりどっかの世界に行ってしまっています・・・。
講義を受けている2年生から「いつものテンポと全然違う」とも言われましたけど、テンポって・・・?速いってこと?とろいってこと?ん??いつもは?

提出まで、あと1週間!
過去にいたーい失敗を抱えている私としては、この期限は何としても厳守せねばなのです。

先週は体力的についていかないと嘆いていましたが、精神力でカバーしてきたのに、とうとうそれもがたがきたか、今週は頭もへろへろです。
残るは気力か・・・乗り切るしかない! 頑張ります。くじけてる場合じゃないですよね。

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Sunday, 11 December 2005

自信喪失・・・

昨日、髪の毛のカットに表参道に行ってきました。
もう、この美容室に決めて、通い始めて8年目になるかな。
何で、埼玉の西に住んでいて、髪の毛切りにわざわざ表参道まで行くのか。
昔、勤めていたんですよね。表参道にあるクリニックに。その時に、紹介してもらったところに今でも通っているんです。担当の美容師さんが、自分の思い描いていたイメージ+私にもこなせるように工夫をしてカットしてくれるからです。
美容室は浮気することが多かった私にしてはすごく珍しいことですね。
私、今、サイドと後ろをかなり軽くしてもらっているロングなのですけど(1年ちょっと前からこの髪型。その頃の宇多田ヒカルの髪型が気に入って、そうしてもらったんです)、しばらく前から、ショートにしたくて仕方がないんですよね。今、通っている美容室に始めて行ったとき、記念すべき(?)ショートにしたんですよ。でもそこからずっと伸ばして今はロングです。もう、ロングが長くて、そろそろ短くしたくなったんですよね。
雑誌を見て、なりたいイメージは決まったんですが、結局、今回はロングを保ちつつ、イメチェンだけしました。もう少し遊ぼうと思って。

「かわいい」っていうイメージにしてもらった「はず」なんですけどぉ・・・。ノーコメント。
美容師さんが言うには、「今までは”クール”のイメージでしたけど・・・」と。
「・・・」が気になるんですけど。

それにしても、半年ぶりに表参道に行ったら、「へ???」と我が目を疑いました。駅構内が様変わりしているんです。それはもう別の駅です。私、いつものごとく、ぼーっとしながら電車を降りて、階段を上ってきたので、違う駅に降りたかと本当に思いました。すごくいろいろなお店が出来ているんですよね。女性がたくさんいました。地上への出口の階段も変わっていて、いつも使ってきたはずの出口も分からない・・・(後で、美容師さんに教えてもらったのは、私がいつも使っている出口は閉鎖中だったそうです)。しかたがないので、でたらめに上ったら、「あれ?ここどこ?」と今度は地上で方向を見失いました。右を向いたらいいのか、左を向いたらいいのか。方向を見失うというのはこういうことを言うんだな~って思いました。2、3分止まって、頭を冷静にしたら、ようやく方向を理解し、歩き始めたら今度は・・・。美容室があったビルが変わっている!!!「へ???」。もう何度目の「へ?」だろ。あまりにも変わってしまっているので、「美容室も移動してたらどうしよ?私これから先」と、意味不明なことを悩みかけましたが、あきらめずに、昔の記憶を頼りに向かったら、エレベーターだけは、変わらずありましたよぉ!そうしてようやく美容室にたどり着いた次第です。

表参道は通勤してたから、かなり自信を持っていた「はず」なのに、あーあ、すっかり自信喪失・・・。

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Saturday, 03 December 2005

元気猿-見て聞き話そう

genkisaru


genkisaru-kanban

きっかけは何だっただろうか。
この1週間、終えてみたら、すっかり気持ちが弱り切ってしまっていた。

月曜日、風邪で頭が回らなかったことに重なってしまったからなのか、もともと、疲れやら何やらがたまりきっていたことがあるのか、いや、こう書いているともう少し前からのものが重なっていたように思う。
火曜日、具合がひどく悪く、でも都合の良いことに、先方も体調不良でキャンセルになったことから、夕方からのみの約束をこなせば良くなった。
そして、水曜日。たぶん、私にとっての一番の衝撃はこの日に受けたのだと思う。
頼まれごとを学生にされ、30分という時間を彼らに渡したら、・・・あまりにもお粗末なものになったので、私はこの大学に来て、初めて、学生に対してはらわたが煮えくりかえってしまった。そうはいっても気性の激しい私の怒りを、そのまま表に出すと、まわりはとんでもなく困ってしまうのは、誰よりも自分が自覚しているので、「何とか爆発させまい」 とコントロールするのが大変だった。結果として、自分の中では最小限に抑えながら、謝りにきた学生に接したように思うが、でもこのことは、私にとってはかなりきついことだったのだろう。家に帰って、夜眠ったものの、途中で目覚めてしまい、しばらくずっと学生に怒ってしまった場面が頭の中に繰り返し巡った。やっぱり小心者だぁ、私。
この日、もう一つ大きなことがあった。まぁ一言で言うと、「(私の言っていることは)てんで分からないと話してたんですよー」と、学生に面と向かって言われてしまったのだ。私は、頭が良すぎて(???) 、頭としっぽしか言わなくて、その間がすっぽり抜けるから、私の言ってることはさっぱり理解できない。我々(学生たち)の欲しいのは、その間のものなのに。ということらしい。
実は生まれてこの方、この類のことを言われたのは、初めてではない。だから自分でもやはり自覚していることではあるのだが、なぜだか、今回はものすごく大きな衝撃を受けてしまったらしい。このセリフをきく直前まで、論文指導をしていたので、その過程すべてに対して、「あなたの指導も言ってることもまったく分かりませんよ」 と言われた気持ちになってしまったのかもしれない。この後からずっとすっかり元気も気力もなくなってしまった。
私は、実はしゃべることというのがひどく苦手である。人は私がぺらぺらしゃべるのを聴くと、「嘘でしょ?」と思うらしいが、大体私がぺらぺらしゃべる時ほど、緊張して落ち着かなくて口を動かしていることが多い(よっぽど安心したときもしゃべるが、そういう場合は、始めはむしろ話をしないで聞き役になる-安心して話せるかどうか吟味するから・・・やっぱ小心者だわ。私)。自分の思っていることや、感じていることを人に話すということを、小さい頃ほとんどしなかったので(何故か私は、そういうことをするものなんだ、ということをまるっきり知らずに育った。たぶん一人で絵を描いて過ごしていることが多かったからなのかもしれない。小さい頃育った家族-祖父・祖母・叔父-はそれぞれ、一日、アトリエで絵を描いているか、お花の部屋で花を生けているかという環境だったので、音もなく静かでしたね) 、小学校にあがってから、ずっと学生時代は困ったものだった。小学生時代は「緘黙」と心配されたくらい(まぁ、実際そうでした。私、一日自分の声を聴かずに過ごすことが多かったので、自分で自分の声を忘れることが多かったですもの)。そう言えば、大学生のとき、T大生に「何言いたいの?あんた?」 と言われたこともあったことも思い出した。このときもくやしくって、ショックで、部屋を飛び出していって、外のベンチで一人で泣いてたなぁ。今はドイツにいるAちゃんが泣いている私の横にそっと座って、彼女が私のくやしい思いを静かに聴いてくれたっけ。

だから、この職業に就いてこのかた、ずっとずっと私自身が気にしていたことなのかもしれない。講義の前はお腹を壊すほどずっと大変だったから。人に分かるように話すことができない。人に話すことそのものが緊張してしまって苦手だと。
木曜日、引率の仕事で都内へ。同僚たちにすっかりがっかりしてしまった。
金曜日、水曜日のことが大きかったのだろう。仕事に向かう前もひどく身体の具合が悪く、起きあがれない。何とか仕事には行ったけれども、始終「私の話していることは分からないんだ」と気になってしまい、気にすれば気にするほど、授業で何を言っているのか、自分で分からなくなってしまった。ぼろぼろだった。
そして、今(土曜の朝方) 一度夜中に眠ったものの、中途覚醒してしまい、これはだめだ・・・とブログを書き始めた次第。-今に至る。

こう書き出してみて、なるほど!と思う。
一つ一つを、今、字になったものを眺めてみると、それこそ「何言いたいの?あんた?」と言われ泣いていたような昔ならともかく、今の私にとっては、まぁあんまり気にすることではないことの羅列であることに気づきますね(ここまで書いておいて何ですが、強がりでも何でもなく本当にそうです) 。ただ、何かに何かが重なっていくうちに(今回は、子供のことやら身体のことやらで疲弊しきっていたところに、ここにも書かなかった、ちょっとしたことが重なっていって) 、そのうちに、普段は「サラリサラリ」と行ってしまうことたちが、何だか大きな衝撃に感じられ、積もり積もって、心はすっかり弱々しくなってしまった状態だったんですかね。←それこそうまく表現できないけれど。

そっかぁ。そうだったのかぁ。
しかし、ブログって不思議なものだと思う。
いつかブログのことについて、ゆっくり考えてみたいなと思う、今日このごろ。

書いてみたら、かなり楽になりました。
読んでくれて本当にありがとう(o^-^o) (・_・)(._.) 。感謝^^ 

さて、今回の騒動ですっかり筆が止まっていた原稿、書かなくっちゃ!締め切りはとうに過ぎ、延ばしてもらった締め切りが今日の土曜日(でもまず寝る!)

#写真は、秩父神社の「元気猿」。日光の三猿に比べて、まぁ、何て剽軽で元気な顔をしていること!見ているこちらの顔がほころんできました。落ち込んだときほど、このくらいの気迫(?)でやってみるか^^

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Thursday, 24 November 2005

momiji


「来てくれてありがとう。今度は、あなたを抱き、泣き声を聴きたいからね。待ってるからね。」

昨日、供養をしました。名前は手術の時に、ふっと浮かんだものがあって、「かなちゃん」に。私たちの望みを「叶え」てくれたから。ずっと、かなちゃんと向きあってお話しすることもできず、お話をしようともせず、迎えた昨日。ようやくお話をすることができたかな。お経を読んでもらいながら、焼香をする間に私がつぶやいていたのは冒頭の言葉。
何を感ずることもなく、何を思うこともなく、仕事に没頭していたこの間、ふと「私は異常なのではないか・・・」と思っていました。
読経の中、気づくと冒頭の言葉が浮かんでいて、何だか、ふっと気がゆるんでしまいました。

手をふりほどいて、道路をたーっと横切って走っていってしまったり(車があわてて止まる)、建設中の家の梁によじ登って、危ないのにてくてく歩いたりというとんでもなく元気のいい女の子の夢を見たんですね。きっとかなちゃんのことかな・・・って思います。だから、今もこれからも元気に飛び回っていて欲しいな・・・って思いました。私が変な病気で苦しめちゃったからね・・・。
因みに前の子は「べけちゃん」で、優しい、ちょっとおとなしめな男の子です。優しい静かな男の子と、どこまでも飛んでいってしまう、女の子・・・何か、どこかの家庭のようですが・・・。

「乳をふくんでもらうことも、抱いてもらうことも、(自分の)声をきいてもらうこともなく、行くところも留まるところもない」。

供養のお経の中でこのようなくだりがありました。悲しいのは親ばかりでない。子も悲しいのだ。いや子の方が悲しいのだ。そう、だから、これからも、かなちゃんを大事に想うことが我々には必要なのだ。そう思いました。

住職さんから教えてもらいました。
霊にとって、香りが食(じき)である。
できれば、香木の根っこを削って作った、本物のお香を焚いた方がよい。
好きな香り、特に母親が好む香りを焚くのもよい。

神社でも寺でもいいから、日々の信仰が大事である。
心を高くすること。
人に必要なのは誠実であること。

大層なことはしようと思ったってできないし、そもそもそんな大層な人間じゃない。
いつも自分を見失えば見失うほど、「大層なこと」をしなくちゃと焦り始めるけれど、違うよね。
大切なのは、想いを大事にすること。
毎日、ちょっとの心がけでいいからそれを続けること。そう、大きなことである必要はないけれど、「続けること」が大事。

この住職さん自身が、嘘をつかれた話、だまされてしまった話などもしてくださいました。そんな住職さん自身が、訪れた人を大切に思う「誠実な人」だな・・・思うことができ、よい一日を過ごすことが出来ました。

#下の3枚の写真は鎌北湖。この写真の出来を見た夫の一言。「実物よりも何倍も綺麗」。上手に写せたかな・・・?上の紅葉は、いつも行く神社の紅葉。

kamakitako

kamakitako-turi

kamakita-yama

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Friday, 18 November 2005

わらべ地蔵

pic_0303


ご無沙汰してしまいました。

あれこれ考えるのにくたびれてしまったのか、脳は停止状態。働いては寝、働いては寝、と過ごしておりました。

良いのかまずいのか、最近、「てんねんに磨きがかかった」と評判(?)です。
今日は、授業が終わった後、学生に質問を受け、「じゃあ、後は歩きながら・・・」と、次の授業に備えて、研究室方面へ向かおうとしたら、「先生!かばん!」と学生が。私は、講義バッグというのを持ち歩いていて、その中に授業に必要な物を入れて歩いているのですが、それをまるごと教室に置いていくところでした。何をしに戻るんだか・・・。「最近、てんねんに磨きがかかったと言われるのよね・・・」と、その学生に言ったら、「ゆったりと過ごしていらっしゃるんですね」と穏やかに微笑まれながら言われました。

さて、一日の仕事を終え、今日は即病院へ。
病院帰りに病院の近くのしゃぶしゃぶ屋で夕食を食べました。最近、職場に行くとノンストップで動いているからか、お昼ご飯を食べそびれてしまいます。そのためか、ものすごい勢いでお肉と野菜を食べ、満腹(^~^)~^)~^)^~^)゛  お腹いっぱいになるとすぐ眠くなる私は、食事を終えてから、ご機嫌&眠いなぁと思いながら、トイレへ。そしたら、目に飛び込んでくる物があって、びっくりしました。 「ご来店、おめでとうございます」と書いてあるではありませんか。(;° ロ°) でも、何だか嬉しい気分。ってそんな訳ないよと、目をこらしてもう一度よく見たら、「ご来店、ありがとうございます」でした。
おめでたいのは私の頭です¢(`=`)_ρ

そんな状態なので、今日も寝ます。

今回の写真は、mayoからのプレゼント。
行く先々でお願いもしてくれたそうです。
(これを読んでくれている皆さんの「祈り」もどこかで感じることができました。ほんとです^^ 不思議ですね。そして、有難い限りです)

上の写真は大原三千院のお庭にいるわらべ地蔵だとか。「外国人が持って帰りたい!」と思う、人気のお地蔵さんだそうです。私、京都には何度も行ったことあるのですが、大原三千院はまだ行ったことないんですよね。

写真をはっと見て、お地蔵さんが何かを私に語りかけてくれて、自然にほほえみかけていました。

一目で気に入ってしまったので、mayoにお願いしたら、O.K.もらったので、アップします^^

「子どもはみんなほとけの子 子どもは天からの授かりもの 子どもは親の心を映す鏡」

これは、別のわらべ地蔵のところに書いてある言葉だそうです。もらった写真のお地蔵さんについて、調べていて見つけました。
今の心境を私はまだうまく表現することができないのですが、何かを祈っているこのお地蔵さんの微笑みと、この言葉で、ほろり・・・じわり・・・と来ました。

Mayoありがとう。

下の写真は京都の紅葉。こんなに真っ赤なんですね^^

pic_0307


#はじめて「日を遡ってアップする」機能を使ってみました。できたみたいです!こちゃさん^^

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Tuesday, 08 November 2005

hikari


神のめぐみの光の中に、生けるこの身のありがたさ
眼をとじて居れば、いつまでも立っても世の中はくらい。眼をあけて見よ、日はさんさんと照り渡っている。心の眼を開いて見よ、神様はそこに居られる。御恵みの御手は其肩にかかって居る。御いつくしみの御光は其からだをつつんで居る。有難い事、尊い事である

                                                                   (11月6日)

生きた親御に御つかえすると同じ思いで神仕え
神様はおなつかしい親さまである。子を慈しむ親心をもって常に側去らず、みまもり助けて居てくださる。されば生きて居らるる親に仕える心持ちで神様を拝み嬉しい時にも、悲しい時にも御話申して御祭りする。そして常にぴったり御一体になって居る事が肝要だ。
     (11月8日・・・今年の年始と全く同じもの)

曇るかがみに姿は見えぬ、みがき上げようそのこころ
曇った鏡に人の姿はうつらぬ。汚れた心に神の御かげはやどらぬ。神様をはなれた心ほどくらく淋しいものはない。凡ての災いはこれから起る。常に心にちりをためない様、はらい給えの神語唱えて、祓い清め、神の御影を心に宿して明るい清い生活を続けましょう。
                                                          (11月8日)


ここまでは、何とか気を張ってやって来ましたが、今日だけは・・・ふにゃふにゃさせてください(泣)。
今日の午前中、病院に行ったのですが、その検査結果は、かなり厳しいものでした。
このタイミングでの本田美奈子さんの訃報は、今日はかなり違って響きます。

私の今回の病気について命は大丈夫だと、医者は言ってくれていますし、私も調べたところ、100%治癒するとの話です。
・・・でも・・・・やはり考えてしまうし、そして、いずれ、誰にでも考える時が来るのだろうと思います。「自分は大丈夫だ」とどこかで思っていたけれど、そういうものではないことを教えられたような気がします。
ちょっと矛盾するのですが、一つ不思議なのは、今回の自分の病気は、いつからか、自分にはそのうちやってくるという覚悟がどこかにあったような気がします。身内を様々な病気で亡くしてきたからなのか、自分にもこのような病気になる可能性があることは、かなり幼いときから覚悟をしていたように思います。だから、今回「あぁ、やっぱりな・・・」とどこか納得している自分がいたりもします。矛盾するんですけどね。迎える覚悟と、いざ迎えたときの恐れや不安は違うものなのでしょうか。

やっぱり弱いものだなぁ・・・。
自分に甘いけれど、今日だけは、弱いままでいます。

眼を覚まして明日の朝になったら、日の光をいっぱい浴びて、守られていることに感謝をしながら、笑顔で過ごしたいと思います。

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Saturday, 05 November 2005

愛語

naguriko


無財の七施

一.捨身施・・・心から人に親切にし、世話をよくすること
一.心慮施・・・人の悲しみや苦しみを自分のものとすること
一.和顔施・・・人にはやさしく、ほほえみで接すること
一.慈眼施・・・人をいつくしみ、深い思いやりでみること
一.愛語施・・・人に真心のこもった、よい言葉で語りかけること
一.房捨施・・・人の心にゆとりと喜びを与えること
一.床座施・・・人に席をゆずるように、ゆずり合いの心を持つこと
 
                     -「あったまる禅語」より


今週の月曜日、病院のベッドで考えていたことがあった。いつも笑顔でいられたらいいな・・・と。
今週の水曜日から、仕事がらみでまた心がつぶれそうになっている。
悲しみ、悔しさ、無念、恨み・・・など、どんなにプラスに考えようとしても浮かんでくるのは、マイナスな言葉。これはいけない、自分がどんどん谷底に落っこちてしまう、と、今日、仕事から帰ってきた夫に頼んで、ちょっと大きめの本屋に連れて行ってもらった。
そしたら、こんな言葉が見つかった。「そうだ、そうなの!これなの。私が今欲しいのは、まさにこの心境なの!」と嬉しくなった。
昨日から仕事に復帰し、学生たちと会って、話して、学生たちが待っていてくれているこの環境をありがたい、と心から思った。だからこそ、マイナスな世界にどうしても引きずられたくなくて、じたばたともがいていた。
笑顔でいたい。
温かい言葉を使っていたい。
こんな心持ちで人に接したい。
ようやく出会えた。大事にしよう。

写真は名栗湖の夕日(夫が撮影)

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Thursday, 03 November 2005

幸福

wave_and_branch

今日は夫の誕生日。幼い頃、「何故、誕生日はこんなに嬉しい日なのに、一年に一日しかないんだろう・・・」と本気で悩み、親にあきられたっけ。そんな話は余談だが、確かに今日は一年に一回しか巡って来ない日。
特別な思いで神社に行くと、七五三を祝う家族の姿がたくさんあった。

あれこれ悩み続けていた。今回のことで、また、職場について、仕事について思い悩んでいたのだ。
10年勤め続ければ、きっと何かが変わり、何かが落ち着いているだろう。だから、「今」は、願いは静かに抱き、大事にしたいことを心をこめて大事にし、日々穏やかに暮らすこと。それが、今の苦悩や苦境から脱することのできる方法なのではないだろうか。
「過去を追うことなかれ 未来を念うことなかれ」というお釈迦様の言葉の通り、くよくよしても変えることのできない過去のことや、どうなるかは誰も分からない未来のことを思い煩ったところで、苦しいだけ、悩みが悩みとして少しも変わらずただあるだけ。
願いを強く心に持ち続けることは大切ではある。しかし、私はかなり間違った方向に向かっていた。「何が何でも手に入れなければいけない。今すぐにでも」と念が強すぎて、不安にかられ、焦りを感じながら、追われるように強迫的に何かをすること。私はずっとそんな生き方をしてきた。それが、昨年秋、破綻した。
これからの10年にはもうそれは必要ないんだよ。そんな言葉が出てきた。
そうは言っても人間は弱い。きっと不安に襲われる時があるだろう。その時は、身は委ね、心と体は力を抜き、揺りかごの中で揺られているかのような心持ちで、穏やかに微笑んでいればよい。そして、今目の前にあること、それを何も心配せず、淡々とこなしていればいいんだよ。怖いことは起きないよ。悪いことも起きないよ。それが、今のあなたがやることなんだよ。

確かに何か大きな特別なことが起こるのは嬉しい。私はずっと勘違いしていた。「何か特別なこと」「今まで手に入らなかった物が手に入ったこと」それが、数多くあること、続くことが「幸せ」なのだとずっとずっと思いこんでいた。しかし、それは大きな間違いであった。それが私を苦しめていたことにも気づかずに。

今、平穏無事でいること。それが一番幸せなことではないか。

だから、平穏無事で過ごせたことが何よりもありがたいことであり、平穏無事で過ごせたことに感謝ができること。その生活を続けられることが、「幸せ」なのではないのだろうか。
・・・ようやく気づいた。気づいたら、肩の荷がふっと降りたような気がした。あぁ、ようやく安心して力が抜ける。

「当たり前じゃない」。また人に笑われそうだ。
そんなことがふっと頭に浮かんだ後にひいたおみくじ。まさに今の自分に語りかけてくださったような言葉で、正直驚いた。
「ぱっと明かりで消え行くような、花火信仰じゃたよりない
苦しい時にはやれ神様と騒ぎ立てる。嬉しい時にはそれ神様と拝み立てる。が平穏無事の日が続くと、ケロリと忘れて拝みもせぬ。線香花火の様な信仰では駄目である。神様と共にふし、神様と共に起き、永久に変わらぬ信仰、動かぬ信神が大切、無事の御恩を味わい知るべきであろう。」

夫がこの一年間大病もせず、無事過ごせたこと、今日この日を二人揃って迎えることができたことを感謝します。

ashika

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Tuesday, 25 October 2005

笑う門

madan
今日、読み物をしていたら、「宇宙は粒子で満ちている」を「宇宙は餃子で満ちている」と読んでしまい、一人で大笑いしてしまった。
私は、聞いたり読んだりしたことを、頭の中ですぐに視覚化するので、「餃子で満ちている宇宙」の映像が頭の中に浮かび上がってしまい、これを書いている今もけらけらと笑いが止まらない。

今、私は笑いを忘れている。
だから、この「笑い」は、今の私に、大事な感覚を思い出させてくれたようで、本当にありがたかった。

先週の金曜日から、しんどいことが起こっていて、実は今週になって仕事は全部休んでいる。

でも、金曜日にこのことが起こる前に、水曜日から予知するかのように不安感は襲っていた。
この日、学生と会っていて、「今、この本を読んでいるんです」と差し出してくれた、江原啓之さんの本。「私も結構読んでいるのよ」と言いながら、ぱらぱらとめくって、ぎょっとした。「婦人科系の病気-母性が欠けていることを表している」が目に飛び込んできたのだ。その時、目の前にいる学生に対してもそうだったのだが、優しさや思いやり、そして、その学生とも話題になった「愛」を、自分が日に日に忘れていっているのを自分で感じていて、ものすごく焦っていた。焦れば焦るほど、どんどん見失っていく。そこへ飛び込んできたこの一行。「やっぱり・・・」と思った。

そして、金曜日を迎えた。

日曜日に毎週通い続けている高麗神社に行った。
在日の方々が集まって、マダン(마당)をやっていた(この話についてはいずれ・・・写真がマダンの様子)。
今の自分がどういう心持ちでいたら良いのかが全く分からなくなっていたので、「ご示唆ください」と願いながら、おみくじをひいた。

それから、昨日、今日と過ごした。
時間を追うごとに、自分自身が濁流にはまりこんでいき、身も心も苦しくなるので、今日も高麗神社に行った。
日曜日もそうだったけれど、ここ最近では珍しい晴天で、空の青と太陽の光が印象的だった。
日曜日と同じように願いながら、おみくじをひいた。

何と、日曜日にひいたおみくじと、今日ひいたおみくじは全く同じだった。

実は、日曜日、ひいたおみくじを何度読んでも、少しも理解することができず、しまいには夫に解説してもらったのだが、それでも頭にも心にも入ってこなかったのだ。

「今日という日は二度と来ないのだから、今日一日を元気一杯に過ごしなさい」

「意志強くおごり高ぶることなく信神すれば、龍の風や雲を得て天に昇るように出世します。辛抱が第一です。」

日曜日にこれを読んだものの、それから今日までの過ごし方はひどいものだった。
そして、今日、もう一度これを読んで、そしてしばらく後に、冒頭の「笑い」があって、そしたら、ようやく「こうあればいいんだ」というのが分かったような気がする。
(「出世は望んでいないのだけれど・・・」と広辞苑をひいたら、出世って出生の意味もあるのね!)

笑うこと、笑い方も忘れていた。

ずいぶん前のおみくじにも「つらいときは、苦虫をつぶした顔をしているのではなく、にこにこと笑っていなさい」とあった。

あれこれくよくよと考え続けていても、いい事もやってこないし、いい考えも浮かばないし、苦しみは強くなる一方。

「笑う門には福来たる」と言うじゃない?
笑っていたら、いいこと呼ぶことできるかな?


今日はカレーを作ったよ。皮むきは座ってやったけど。まだカレー粉が入っていないけれど(それはカレーとは言わないんじゃ・・・)、結構美味しくできたかも┐(  ̄― ̄)┌ フッ 自信作。

因みに、「餃子の宇宙」を私にもたらしてくれたのは、我が父のブログ記事でした。
見栄っ張りで照れ屋の私は面と向かって言えないけれど、父に深く感謝。
父は何にも知らないけれどね。

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Wednesday, 19 October 2005

秋桜

cosmosp

仕事も家事も育児も適度なペースでやればいい。

人が聞くと「そんな当たり前のこと」と言いそうなくらい、本当に当たり前のことなのに、今頃になって気づいた。

cosmosw


何でも120%くらいやっていないと、やっている気がしない。というか安心しない。とにかく強迫的。
去年の頭の半年は、明らかにキャパオーバーだという量の仕事を抱え込み、家事もやらねば自分は失格だと、高い目標を立ててやろうとした。でも、そんな無謀なことは、私のような不器用で要領の悪い人間には、とうていこなせるわけもなく、気づいたら、出来ていないことが自分の前に山積みになっていることに気づき、そして、破綻した。

春に復職。
それから、夏休みという中休みをはさんで、秋を迎えた。

9月になって、春にお空に見送った天使ちゃんが、どうもまたやってきてくれたようなので、仕事のやり方を始め、日々の過ごし方を変えざるを得なかった。

「手を抜く」と「力を抜く」の違いが、始めは分からなくて、ただ無責任で、いい加減に暮らしているように感じていた。でも、この生活を1ヶ月ほど過ごしてみたら、少しだけど、「力を抜く」をどうやってやったらいいのかが分かってきたような気がする。

私は、仕事をやるなら仕事100%、家事、育児をやるならそれも100%やらなければいけないんだ、とずっと思っていた。
今日まで思っていた。
そんなの出来るわけないよねぇ。

今日、半日、一人で家でゆっくりする時間があったので、テレビをみたり、本を読んだりして過ごしていた。
大地真央さんの会見を聞いたり、雑誌で、押田比呂美さんの記事を見たりして、で、お風呂に入ってぼーっとしていたら、ふと浮かんだのだ。冒頭に書いた言葉が。

半年間の休職を経験して、そして、その間に流産ということも経験して、自分なりに考えては来た。私は仕事でキャリアを積みたいわけでもないけれど、適度に社会に接していた方が、自分自身が自信も持っていられるし、そりゃ、くたびれることはあるけれども、相対すると、精神的に安定して、元気で、笑顔で家にいられることに復職して気づいた。
子供を迎えるにあたって、「仕事を優先するなんて・・・」とずっと悩んでいたけれど、流産してしばらくして気づいたように、私はできるだけ安定して、元気で、笑顔でいたいから、そしたら、仕事も私にとっては今はむしろいい影響をもたらしてくれているかもしれないのだ。だから、今の生活はしばらく続けてみようと思うようになった。

たぶん、全部を100%でやろうなんて目標を立てるから、自分が苦しくなるのだ。

仕事でものすごい成功を目指すわけでも、模範になるようなものすごい母親を目指すわけでもないのだから、適度なペースでやっていれば十分なんだよね。

写真は、曼珠沙華が終息したあとの巾着田。
コスモスは誕生花ということだけでなく、私が最も好きな花。
素朴さと優しさと、でも芯の強さが感じられて、とにかく惹かれる花。

cosomosbatake

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Sunday, 07 August 2005

電波時計


はっと、目が覚めた。
手元の腕時計(電波時計)を見ると午前4時。
夫がなぜかこんな時間に起きてる。
「ずいぶん変な時間に起きてるね。何してたの?」
ときくと、
「本を読んでいた」

ふーん。

そして夫は寝た。

明日は日曜日だし、今が4時なら、このまま少し起きて、放ったらかし気味のパソコンでもやろうかと思い立った。

で、パソコンに向かった。

うーん、何しようかな・・・ともう一度、今度はリビングの時計(電波時計ではない)を見た。

午前1時。

ん???(=`~´=)

もう一度時計を見た。

やっぱり午前1時。

えぇぇぇ(@_@)

リビングの時計おかしくなったのかなぁ・・・
その割には夫の行動がおかしいし・・・。

ふと気になって、さっき見た腕時計をもう一度よくよく見た。

ウェリントンの時間表示になっていた。

llllll(- _ -;)llllll

即行、パソコンは閉じて寝ました。

だから電波時計なのにぃ~

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Saturday, 30 July 2005

目撃

もう木曜日のことになります。

この日は補講のため、都内にある非常勤先の大学に出かけました。

キャンパスに着くと、我が目を疑いました。
いつも講義をやっている校舎の前に、何だか素敵なオープンカフェがあるではありませんか。
いつもはありません。
というか、非常勤をやる前、私はこの大学で常勤で働いていたので、その間も合わせて、こんなのは初めてでした。

「夏休みに特別にカフェを作ったのかしら」
「これも学生を集めるための作戦かしら」
「私も講義が終わったらお茶をしよう」

などど実に勝手なことを考えて、そこを通り過ぎて、講義をしました。

講義を終えて、雑用を終えて、「帰るか~」と、校舎を出てきたら・・・。

あらら。

撮影をやっているではありませんか。
通り道が撮影で通れないので、そのまましばらくそこにとどまることにしました。

「あの~何の撮影ですか」
恥ずかしげもなく近くの人にきいてしまいました。
「○○○○○」(某CM)

へぇ~

「どなたが来ているんですか?」
またもやきいてしまいました。
「和田アキ子さん」

へぇ~へぇ~へぇ~

しばしそこにいました。
で、みました、和田アキ子さん。

もっと大きな人かと思っていたけれど、テレビのイメージより、柔らかい雰囲気で、その辺の道ですれ違ったら、「あれ・・・?今の人、どこかで会ったことあるよなぁ・・・」と静かに思うだろうなぁって感じの方でした。
指示を「はい、はい」って、背筋をぴーんと伸ばしてきいている姿も、テレビでのイメージとはずいぶん違うなぁって思いました。

思わず、写メを撮りたかったけれど、そんなミーハーな人は周りにはいなかったので、温和しくあきらめました。

っていうか、そこで写メを撮ろうとする私って、もしかして田舎者・・・?

この日がこの大学での前期の講義は締めだったので、ちょっと嬉しい終わりでした。

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Tuesday, 19 July 2005

習性

原稿の締め切りを1週間とちょっと過ぎてしまった。

この連休は、暮れにもしないような大掃除をおっぱじめ、お陰で、普段手の届かないところがぴかぴかに。

そのため、この連休で仕上がっているはずの原稿が、未だ完成せず。

この習性どうにかならないものか・・・。
学生の時から、レポートや試験でせっぱ詰まっているときほど、大掃除をしたり、部屋の模様替えをしたり。

普段から部屋をぴかぴかにしていると、今度は、こういうときにいったい何をおっぱじめるのか・・・。
「原稿」になるのかなぁ。
そうだといいけど、自信ないです。

編集者さん、ごめんなさい!!

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Sunday, 10 July 2005

お守りの力

昨日、出かけるとき、キーケースを見て、ショックを受けた。
私の大事に大事にしているお守りがない!紐しか残っていない!

そんなぁ(。>_<。)

ここの神社のは初詣に行って以来、守ってもらっている実感があって、私にとってはとても大事なもの。
動くとチリン、チリンと澄んだきれいな音がするので、いつもこの音を聴いては、安心して出かけていたのだ。

あぁ、ショック・・・
そんなに大事にしていたものが、突然なくなるなんて・・・(なくなるのに突然じゃないことってないと思うが)

足取りも重く、ぼてぼてと仕事に向かった。

いじけながらも、途中、出かけるときは必ず寄る、自動販売機に寄った。
お金を入れ、お茶とコーヒーのボタンを押した。
お茶とコーヒーが出てきたのを確認すると、お釣りのバーを押そうとした。

我が目を疑った!!!

なんと!
なんと!

お釣りのバーの上の銀色の金具のところに、なくなったはずのお守りがちょこんと鎮座ましましているではありませんか!!!

あまりにもありえないことなので、本当に我が目を疑った。
がっかりするあまりに幻を見ているのではないか・・・と。

でも、チリン、チリンの音は確かにするし、手触りも一緒だし、ついている紐が、私のキーケースに残っている紐と同じ色だし、

確かに私のだーーーーー!!!

前の日も同じところを通り、同じ行動をしたので、どうもそこで落としたらしい。

お守りって本当に不思議です。

きっと私を守ってくれるために戻ってきてくれたのかな・・・

ありがとう^^

omamori


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Sunday, 03 July 2005

遊び

昨日、実に久しぶりに遊びました。たぶん、先月の給料日から今日まで、まったく遊んでいなかったかもしれない。

遊びと言っても、私の遊びは買い物です。
買い物と言っても、夫に言わせると私のは「馬鹿買い」です。
何で「馬鹿」がつくのか私には分かりません・・・(=`~´=)

「今日は決行だ」という日の私の頭の中は、一つのテーマができるのです。
「今回はこんな感じ」(あっ、また「こんな感じ」・・・だ)というイメージができて、それに合わせて、化粧品やら服を選んでいくのです。私の買い物は、この「テーマ」が浮かばない限りは決行されません。
買うことよりも、この「テーマ」を考えながら、店をうろうろし、商品を選んでいく作業が、私にはすごく楽しいのです。
コーディネートも自分でします。店員さんをそっちのけで、あぁでもないこうでもないと服を合わせたりしています。自分の感性をフルに使って動き回ります。
一見普通の買い物に見えるかもしれませんが、この「テーマ」の商品に出会ってからレジで精算するまでがものすごく早く、「テーマ」に合った物が、複数あっても、やはりレジで精算するスピードは速いのです。
これも私の買い物に「馬鹿」がつく所以でしょうか。

今回のテーマは「元気でちょっと突拍子もない夏」です。

本当は思いっきり南国の娘(おばさま・・・か)のスタイルをしたい気分なんだけど、そんな格好、職場にはしていけないので、何とかこらえて、帽子とCDで我慢することにしました。

しかし遊んでいなかったなぁ・・・と実感。
やっぱり生産的なことをするにも、遊びって大事ですね。
(そろそろ原稿の締め切りが・・・あぁぁ)

因みに昨日、洪水の夢を見たんですよね。
起きたら何だか疲れていたし、すごく気になったので洪水について調べてみると・・・

「否定的な感情がまるで洪水のように押し寄せて来たとき、人は抑うつ状態に陥る。いつもは意識することのない、あるいは自分ではコントロールできない感情や衝動が圧倒的な勢いを持って意識に上るとき、私たちは不安を感じる。このような感情の本流は、愛のような肯定的なものにも起こる。いずれにしてもそれをうまく処理をすることができれば、実り豊かなものになるのである。」(トニー・クリスプ著 『最新夢辞典』 どうぶつ社)より)
だそうなのだけれど、妙に当てはまり納得してしまった。
この話の続きはまた今度に^^

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Tuesday, 28 June 2005

こんな感じ・・・?

最近、ブログをてんで更新できなくて・・・

心配かけてしまった方々ごめんなさい。
いたって元気なんです。

最近は休職以来ずーっとやっていなかった臨床(相談)も始めましたし。

でも、きっとその影響なんでしょうね。
最近考えたり感じたりしていることが、なかなか表現できなくて、
あえて表現すると、両手で歪んだ○を描いて、「こーんな感じ」。

これじゃあ分かりませんよねぇ・・・

でも、これ、最近のゼミで説明に使ってるんですよ。
って、説明になってない・・・かしら・・・やっぱり・・・

はぁ~ ┐(~ー~;)┌
言語化、なかなかできないことってありません?

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Saturday, 18 June 2005

笑い

8_224


私はもともとは、人を笑わすのが大好き。
自分と出会った人が、笑顔になってくれることが大好き。
泣いて私のところへ来た人が、帰るときは笑顔になっている、そうすると自分も笑顔になれるから、だから、この仕事を選んだのかもしれない。

だから、けっこう人を笑わすのに一生懸命になるときもあるのです。

最近、かなり受けたこと。

研究室で電話(内線)が鳴ったので、「たぶんこの電話は夫だろう」と思い、
電話にでてこう言った。

「はい、○○(姫の名字)です。ただいま電話に出ています。」

私の春の大事件(?)を知っている年は私より先輩になる学生が、気遣いでこんな風に訊いてくれた。
「あれから、お体はどうですか?」

「はい。おかげさまで私がすくすく育っています。」

結構笑ってくれたので、私も大満足^^


しかし私がすくすく育っているのは本当で、昨日あたりはかなりの体重に・・・。
日々記録更新中。

写真は、私の夫に一目惚れしたらしく、近くにいた夫を何の前触れもなく、いきなりべろーんと舐めた、ホルスタインの女の子。
寂しいのか、ずっとないていました。

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Wednesday, 15 June 2005

教育実習

8_189

今日は、ゼミの学生の教育実習視察に行ってきた。

私が通っていた大学(学部)のあったエリアで(今は移転してしまい、ここにはないが・・・)、私もその頃、住んでいたエリアで、自転車でよく行っていた駅が今日の最寄り駅。

そういう土地に来たことと、ちょうどその頃の私の年齢である学生の授業を見ていたのとで、すっかりタイムスリップした。

いつからなんだろう?失敗やできないことがこんなにも怖くなったのは・・・。
失敗やできないこと、できなかったことに出会うと、自分の全能力がないかのような絶望感に襲われてしまう。
向いていない、もうだめだ・・・とすぐ思ってしまう。

実習生の学生の姿を見ていると、失敗にもできないことにもめげずに、「なるほど、明日やってみます」「あと2日なのでそこで精一杯やってみたいと思います」「昨日は失敗でした。それから準備して、今日は何とかできました」と元気な笑顔で返事している。考えないとか、悩まないのとかそういうのとは、全く違う。何て言うのかな、失敗は良くなるための学びの糧だってしっかり思えていること、それを感じるのかな。絶望するのではなく、前へ前へ、進んでいく。

私自身も教育実習に行った経験があるけれど、その頃の私もそうだったのになぁ。
担当の先生と気が合わなくて、何をやっても怒られて、でもくじけないで、がんばれることがんばって、研究授業では、担当の先生以外の先生にほめられ、大学に帰って、ビデオによる報告を大学の先生にしたら、実習に行く前はけなされてばかりだった先生から初めてほめられたもんなぁ。

いつからこんな怖がりで、肯定的に受け止められなくなったんだろう・・・。

年をとったかな・・・。

あっ、因みに写真の腕は私の腕ではありません。

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Monday, 13 June 2005

信心

8_132

生きた親御に御つかえすると同じ思いで神仕え

神様はおなつかしい親さまである。子を慈しむ親心をもって常に側去らず、みまもり助けて居て下さる。されば生きて居らるる親に仕える心持ちで神様を拝み嬉しい時にも、悲しい時にも御話申してお祭りする。そして常にぴったり御一体になって居る事が肝要だ。

様々な苦しいことが重なり、すがる思いで、神社に行った年明け、このような言葉をいただき、それから、できるだけ信心を意識するようにしている。言われてから信心するのもどうかと思うが・・・。

それから、苦しいことも嬉しいこともあったので、昨日、神社に行ってきた。
最近は習慣になりつつある。

お祈りをしたあと、いつものようにおみくじをひいた。

神の教

神の心に叶えば嬉し、暗いこころも、晴れてくる
金をためたら、慈善をするという人は、ためるお金に限度がないから、なかなか慈善ができがたい。物がなければ力で、力がなければ言葉ででも、人を慰め、人の力になってやれ。情は人のためならず慈善をすれば心が明るくなって、まず自分が救われる。


自分の中で迷いがあった。最近、ありがたいことか、人の相談を受けることがまた多くなった。でも、これは自分をつぶすのではないか、または、偽善ではないか、自分が元気でないのに、人の助けになるのか・・・私は苦しい人の助けになるのだろうか、いやこっれっぽっちもならないのではないか、ものすごく迷いがあった。
だから、相談を受けてもきちんと受けることができずにいた。相談を受けているのに、私が迷っていた。怖がっていた。

神様の言葉はいつも、迷っている最中のことに向けて発せられる。

いいかげんな信心でごめんなさい。

そして、いつも助けてくださってありがとうございます。

私も、人にたくさん助けられています。
私もちっとは役に立つこともあるのかもしれません。
助けを受けるばかりでなく、それを人と分かち合いたいと思います。
それは迷う必要はないのですね。

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Saturday, 04 June 2005

適職とは・・・?

リクルート社のR-CAP(リクルート・キャリア・アセスメント・プログラム)を昨年受けました。
就職活動をする際の、自己分析や、仕事選びに役立てる、適職診断プログラムのこと。

何も私が転職を考えて受けたわけでないですよ~(一応転職は考えてません。いろいろあるけど、今の仕事は気に入っているから、くびにならない限りは続けたいのだ。だから悩むんだけどね~)。

学生の就職支援の一環として、まずは自分で受けてみては?という話があったので、かねてからものすごく興味を持っていたので、受けてみたのです。

このテスト、140種の職種について、向いているものから向いていないものまでずら~と並べて出してくれるんです。実際に出たのをみると圧巻です。
実際に社会で活躍している人のデータを元に分析しているとか。

さて、私の適職です。( )は適合度。
本当は上位20位を参考にするそうですが、長くなってしまうので、上位10位を。

10位 フラワーコーディネーター(74)
 9位 DTP・CADオペレーター(74)
 8位 インテリアコーディネーター(74)
 7位 作家・ライター(74)
 6位 大学職員(74)
 5位 広告・宣伝(74)
 4位 グラフィックデザイナー・CGデザイナー(75)
 3位 役者・俳優(76)
 2位 雑誌編集・制作(77)

3位に役者・俳優って・・・今からなれるか・・・?
ちなみに21位にはミュージシャンが入っていました。
大学職員は6位なのに大学教員は35位。

こうして見ると芸術系が多いのかなぁ、私。

向いていないものっていうのも出るのですが、私に一番向いていないのは、
警察官・消防士 だとか。
なぜ向いていないのか、自分では分かりません。


さあ、問題は一位。
私、一応定職に就いてから、このテスト受けてますから、頑張りました。
何をって?
絶対に今の職業は向いてないって出るように答えてやる~って。心理学者の意地もあるし(?)。
で、徹底的にひねくれて答えました。
普段頑張っていること、意識してやっていること、職業柄やっていることは、全部「興味ありません」「嫌い」と答えました。

わくわくでした。一位は何が出るのかな~。
新たな発見が待っているわけですから。


・・・・・が


一位は


何と


心理カウンセラーでした。

ひゃーーーーーーー。
これには周りも私も本当にびっくり(°◇°;)

この適職診断、先ほども書きましたけど、実際にその職業に就いている人のデータが元になっているとか。
ということは、自分と同じような価値観や考え方、似たような回答をしている人が多い職業ということにもなります。


・・・ってことは、心理カウンセラーって・・・・????

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ストップ、ストップ

ちょっと、最近、休職直前の状態になりそうになっているかも。

あぶない、あぶない。
ちょっとストップかけたいです。

ここ1週間ほど、左の上あご、下あごから、頭の左側、首、肩が痛んで、つらい。
湿布を貼りながら乗り越えたけれど、原因が分かっていないので、かなり気持ちもブルー。

身体の一部分に不調が(特に痛み)があると、精神や普段の行動にもかなり影響が出る。
昨日はさらに職場で途中からひどく具合が悪くなり、へろへろで帰ってきた。

こういう時って、頭を巡ることもろくでもないことばかりで、これもどんどんブルーになっていく。

こんな時に限って、今は飛び込んできて欲しくない情報に、よりによって朝一番に出会ってしまったりするしなぁ。

はぁぁぁ。

ストップかけたいよぉ。

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Friday, 03 June 2005

仕事をする

ねたを全部職場に置いてきてしまったので、何も書けないのですが・・・前置きだけ。

昨日、職場で、学生の就職を支援するために、教員はどうしたらいいのかの研修がありました。

ただで、こういう研修を受けられるのは、本当にありがたいし、恵まれた職場だと思います。

私、職場への適応に障害をきたしている「適応障害」なのです。
(雅子様の話で有名になりましたね)

だから、何だか、ものすごく考え込んでしまいました。

思うに「仕事をする」ということに対する考え方そのものが、私は人とずれているような気がします。

そんな私が就職支援をできるのか・・・悩んでしまいます。
何か、こういう研修を聴くと、「あなたは不適応ですよ」ってしっかりと診断を受けているような気になるのです。

ここで、自分が悪い・・・自分は失格と思ってしまうのが、この病気の特徴なのかな。

自信ありません(泣)。
悩んでいます・・・

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Thursday, 02 June 2005

ぼやき

朝から嘆いている、というかぼやいている。

ブログネタがないと困っているのだ。
正確には、「ない」のではなく、「覚えていない」。

昨日午後2コマの授業をやり、その後は、大学が閉まる時間まで、研究室で学生の対応をしていた。

おかげさまで通常営業に戻ったようだ。

私の「てんねん」もかなり通常営業に戻ったようで、昨日はとにかく自分に驚き、自分で笑い、自分で突っ込むの連続だった。

が、本当に連続だったので、残念ながら一つ一つを全く覚えていないのだ。

で、朝からぼやいているのだ。ネタがない、と。
まぁ、悩み、ぼやきがこの内容なのは何よりも幸せなことなのだろう。感謝。


昨日気づいたことを一つ。2週間前は本当にそうとう調子が悪かったらしい。
先週は休講にしてしまったので、先々週にさかのぼろうとしたら、まるっきり先々週の自分の授業のことを覚えていない。上の空でやっていたんだねぇ。
だからかな、先々週の様子を覚えている学生たちに「先生、元気?」と心配された。
昨日は、上記に書いたように元気が戻っているので、「元気よ~」と答えたが。

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Tuesday, 31 May 2005

輪ゴム

大騒ぎした後に、大学には行っています。いちおう・・・

先週、復帰直後のこと、いつもは学生対応に追われるのに、この日は突然来た雷雨の影響もあってか、学生が来ず、まとまった時間ができた。じゃあ、たまりにたまった雑用でもやろうかと思い立った。

まずは、たまっていた出席カードの整理でもするか、それにあたって、輪ゴムが必要になり、研究室にはなかったので、売店で買ってきた。

買ってきた輪ゴム(箱買い)を使おうとすると、輪ゴムを出すはずの丸い口が切取線はあるのに開かない。
しばらくあーでもないこーでもないと苦戦したが、開かないので、そばにあったはさみを手に取った。

そして、はさみでじょきじょきじょきとその丸い口を切取線にそって開けた。

開いた!
しかし、ほっとして輪ゴムを使おうと手に取った瞬間、輪ゴムは20本くらい、ずたずたに切れていた。

はさみで切ってしまったらしい。

まあ、こんなこともあるかと、大して気にもとめずに、作業に入った。

が、後で夫に話したら、「やばいだろ」「(私は)終わっている」「普通そんなことするか!?」と、えらく言われた。

そうかな・・・。そういうものかな・・・??????

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Tuesday, 24 May 2005

不思議なもて期・・・?

私の仕事は大学教員。

この仕事をしていて今年気づいたことは、どうも、男子学生にもてる年と女子学生にもてる年があるらしい。

男子学生と女子学生、どちらも本当にかわいいのだが、「愛情」の表し方がまったく違う。

男子学生は、いつも腹を空かせていた。食事の心配をすると嬉しそうにして、用意した食事(もちろん手作りではない)を美味しそうに食べてくれた。

女子学生は、私が腹を空かしていてせつなかった話をしたら、どこかへ行ってしまった。
悪い話をしてしまったかと気にしていたら、しばらくして戻ってきて、手にたくさんのお菓子があって、私にごちそうしてくれた。

どちらも嬉しい話なのに、同じ年に、これが同時に起こることはない。
どちらかなのだ。

不思議だ・・・
今年はどっちかなぁ?

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Saturday, 21 May 2005

何でかな?

また、黒人にナンパされました。

これで3回目・・・。

何でだろう?

けっこう長年の私の悩みです。

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Friday, 20 May 2005

今日もやってしまった・・・

今日は、外部の学生(大学院生・韓国人)が修士論文指導に、私の研究室までやってきた。
そろそろ着く時間と思っているときに電話が鳴り「着きましたか?」ときいたら、「着きました。先生の研究室はどこですか(日本語)」と聞くので、建物の説明をした。
「分かりました。研究室の番号はありますか(日本語)」と聞かれたので、番号を伝えた上で、こう付け加えた。「研究室にねふだが書かれているので分かります(日本語)」。

はぁぁ。「なふだ(名札)・・・ネームプレート」と言ったつもりだったのに。

いっそのこと、各研究室に値札がぶら下がっていた方がおもしろいか。

韓国人との日本語でのやりとりだったので(いちおう、姫は韓国語も話せる)、笑い転げていたというか、あきれていたのは、そのやりとりを聞いていた日本人学生だった。

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Tuesday, 17 May 2005

えりこさん

今日は非常勤先で教える日。

児童心理を教えているので、今日はE.H.エリクソンの発達理論の話をした。

今年に入って、この内容の話をするのは3コマ目なので、結構話しやすく快調だった。

が、私の口はやはり、私の口だった。

快調だと思っていた次の瞬間、「えりこさん」と口走ってしまった。
もちろん、「エリクソン」と言うつもりだったのだが。

なかなかクールな学生が多い非常勤先の学生だが、しばらく時間をおいて、さすがにおかしいのかあちこちで笑いが起きた。

あぁぁぁ(。>_<。)

やってしまった。
今日はその後、怖くてしばらく「エリクソン」と言えなかった。

それにしてもえりこさんって誰?

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Saturday, 14 May 2005

励まし

うちの学生は本当に優しい。とにかく気がいい。
だから学生と接していると、日々、自分の心が温かくなる。

べけちゃんのことがあってから、私の中でも学生への目が変わったような気がする。

それまでは、「嫌われたくない」と接していた。
今は、とにかくかわいい、愛おしい、と感じる。

だから学生が私の研究室を訪れてくれるのは本当に嬉しい。

先日、学生に、ブログに書いた(ブログ再出発)、エレベータの件を話した。
その学生は本当に思いやりのある学生で、「そういうこと良くありますよ^^」と笑顔で励まして(慰めて)くれた。
「家の中で何しにきたんだろうってことありますもん」と。
その言葉に励まされ、私もしゃべった。
台所に立ったはいいものの何をしに来たのか分からず、仕方がないので、もう一回、その「何か」を思い立った場所まで戻り、「ああ、そうだった」と思い出すことは日常。
2階建ての実家では、昔から、2階に来たはいいものの、やはり「何しに来たんだっけ?」と分からなくなり、全く関係のないことをやって戻ってくる。これもよくあった。

学生は笑顔で聞いてくれた。そして、やはり「そういうことよくありますよ^^」と言ってくれた。
心が温まった。

しかし、後でよく考えると、その学生、私が「わたし、てんねんって言われるのよね~」と言ったときに、その学生も「僕もてんねんって言われますよ~」と言っていたのだ・・・。

ん?ということは・・・?

まぁ、いいや^^

どちらにせよ、心は温かいままだから^^

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Thursday, 12 May 2005

母の日-3つの訳(わけ)

今頃母の日について書こうとしているのだから、それだけで、ずれてるのだが・・・

一応、今頃書くことになったのには訳(言い訳)がある。

今回の母の日、ちょっと悲しい思いを3つしたからだ。

一つ。

私には母(実母)がいない。顔も声も記憶がない。
だから、物心ついたときから「母の日の準備しましょう」という何気ない言葉が私には悲しく響いていた。
まぁ、今年の母の日に限ったことではないのだが。

一つ。

その代わりといっては何だが(失礼だ)、私の「母」になってくれた人に、母の日の気持ちを伝えることにしている。
「母」が全くいなくなる前の数年は、離れて住んでいることもあり、花キューピッドを送ることにしていた。

祖母・・・亡くなってしまった今、何もできない。お墓は遠いし。
継母・・・ある時からある時までやっていたが、途中で母になり(再婚)、途中で母でなくなってしまったので(離婚)
     やはり何もできない。

しかし、こんな私にも「母」ができた!
結婚と同時にできたのだヽ( ´¬`)ノ  

結婚して2年目、昨年はばたばたしていて、何もできなかったから、今年こそ、離れて住む花の大好きな義母に
花を贈ると決めていた。

しかし、流石はてんねん姫君私だ(自分で言うのもどうかと思うが仕方がない)。
まず、5月1日を月曜日だと信じ切っていた。
だから5月5日あたりから、「何の花がいいかな・・」とそわそわしながらも、「あと1週間ほどで母の日だから、来週、お花屋さんに行こう」と決めていた。
そうして迎えた5月8日。
・・・私以外の世の中の人は知っていた。「当日」だった。
私は母の日を完全に1週間勘違いしていた。
悲しかった・・・泣いてしまった。

一つ。

その肝心の母の日に家に来ていた父が「母の日に乾杯」と言ったときに、私は今まで感じたことのない気持ちに襲われた。
私は天使ちゃん(命名べけちゃん・・・もうちょっとどうにかならないかと言われそうだが、夫婦でこう呼んでいるからこれも仕方がない)の母なのだ。
べけちゃんは今年の3月18日に亡くなった。
だから、母の日である5月8日にべけちゃんがおなかの中にいないことが、ひどく悲しかった。
でも、一方で、ちょっと誇らしくもあった。べけちゃんが、私を母にしてくれたことを。
そんな気持ちになったのも、この母の日が初めてだった。
きっとべけちゃんがお空から舞い降りてきて、「母の日」のメッセージをくれたかな・・・?
やっぱり優しい子だなぁ。べけちゃん。ありがとう。

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ブログ再出発

そもそもブログを始めた理由が何もなかったので、何を書けばいいのか分からなくなり、中断していた。

最近、また、自分を見失い、不登校になりかけている(学校に勤めているので、確かに「不登校」なのである)。

これではいけない・・・と思った。考え直した。いや、実に考えた。

実にポカだらけなのである。
できないことが多すぎる。

しかもいいかっこしい。

そんな自分がほとほといやになり、不登校・・・。

でも、今日、友人にメールを打ちながら、大事なことに気づいた。

ポカをしたり、できないことがある自分を自分だと受け入れること。
それが「自分」であり、自分らしいことなんだと認めること。

そして・・・

「てんねん日記」をつける必要があること。
自分で自分を笑えるようになること。
そんな自分を馬鹿だと思いつつ、愛おしく、気に入ることができること。

そうすることにした!

名付けててんねん日記。

早速始めてみるぞ。

今日のてんねん。

職場のエレベータの前で、私は悩んでいた。
何を悩んでいるかも分からなく、悩んでいた。
しばらくして気づいた。
「私はどこに何をしにいくんだ?」
そう、私は、2階から3階へ移動する予定だったのだ。
しかし、それに気づいたのは、とりあえず、階段に向かって学生の顔を見たときだった。
無事3階に行けて良かった。

もう一つ。

学生に「文献はどうやって手に入れたらいいですか?」と聞かれた。
私は、文献を一つ突き止めた後、「これを、ホームセンターにある書類に書いて提出すればいいです」とまじめな顔をして言ったのだ。
私の職場では、図書館のことを「メディアセンター」と言う。
・・・が「ホームセンター」になってしまった・・・。

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