Monday, 15 August 2011

時を超えて

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戦争を知らない私の手元にこのような絵があります。

おそらく戦争当時に子供たちが描いた絵です。

なぜ手元にあるのかはのちほど説明したいと思います。

 ・・・終戦の日に

Thursday, 21 July 2011

無いことのへの恐怖

つい先日草間彌生の番組を観た(録画しておいたものを観たのだが、肝心の最後がメモリの問題で欠けていた。・・・が、今の私にはそれで良かったのだろう、と思っている)。

そのあと、たまたま職場で取り組んでいたことを契機に、コラージュ作品(というよりは療法的)を2つ作った。

それから少し悶々として

持っていた草間の画集をじっくりと眺めた。

そんな作業をしているうちに、自分の中の「悶々」が少しわかった気がする。

私の中にあるのは「何もないことへの恐怖」ではないか。

私のコラージュ作品は、ものすごく強迫的である。

”専門家”が見れば「過度に強迫的な人格」とでも評するに違いない。

草間の作品も作品を作っていく過程も強迫的である。

だが、草間の「強迫」と私の「強迫」は何かが決定的に異なる・・・

そこがずっと気になっていた。

ここからは私の勝手な考え。

草間の「強迫」は自分の中に自分の手に負えないほど”何か”があって、それらを出しきるために、ほとばしるように湧き出てくる何かを出す矛先として、作品を描き、描き続けるのではないだろうか…。

一方、私の場合。

「何もない」ことが怖く、何もない空間を許すことができず、それを埋めるために、強迫的に埋める。だがいつまで経っても納得できず、それを打ち消す、もしくは作り直すかのように、その上に、重ね、重ね・・・自分の着地点を探す。

私には、本当に何もないのかもしれない。自分の生い立ちを考えれば、それは正しい理屈のような気がする。

でも、ひょっとしたら、意外にも意外にも何かがあるのかもしれない。

「描きたい衝動があるのにもかかわらず、描けない」ことをある年齢(中学生?高校生?)から長年続けてきた私。それはそれで非常に苦しかった(今の「悶々」もそれ)

私に「何か」はあるのだろうか。

それとも、一方で私が惹かれる「無の境地」、ようは何もない状態を、自分とし受け入れ、生きていくことが、私なのか。

Sunday, 20 February 2011

コロナ…何の写真でしょう

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何の写真でしょう…?

素敵な時間を過ごしてきました^^

Tuesday, 15 February 2011

新さんの詩~かなしみ

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先日、画家新さんの個展に行きました。

そこでまたいつものように、詩を詠んでくださいました。

「今日は何にしますか・・・?」という問いにしばらく考えて、

「今日は珍しくネガティブな言葉にします」と

”かなしみ”という言葉で詩を詠んでいただくことにしました。

『かなしみ』

私がもっているのでしょうか

先に生まれた人がもっているのでしょうか

前に生まれた方がもっているのでしょうか未来にある方がもっているのでしょうか

これから生まれてしまうことでしょうか

全てあなたの手のなかのご愛にあります

その手いつもひらかずににぎっているの

だからそれ見えることがありません

私はかなしみを感じるとそれを伝えようとするとき

どうしても人には”怒り”として伝わってしまいます。

私は感じたかなしみをどうすれば良いのだろう…

”全てあなたの手のなかのご愛にあります

その手いつもひらかずににぎっているの

だからそれ見えることがありません”

この言葉ははまさに私が在りたいと願う姿でした。

ふっと涙が出て、

ふっと楽になり、

そして”そのこと”を自分の中でうまくうけとめられそうな

そんな光が見えたように思います。

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Saturday, 09 October 2010

新さんの詩

そうしていただいた新さんの詩を、新さんの絵と一緒にここに紹介します。

『光』

愛のふかみに

身をおろしています

愛情の心の花は

お空にかえしています

雲からの心音がうれしくて

プレゼントをおくります

光芒の先に

こもれびの先に

手の先に命になって

私のむねにおります

それ私のもの いいえ

前からあなたの心の宇宙の元からあるの

 画家 木村新さん

・・・私の今の心境にびんびん響いてくるものがあり、こうしてここにパソコンで打ちながらも、心の底からじんわりと涙・・・でもそれはあたたかい涙がにじむように湧いてきます。

新さんありがとうございます。

新さんにここに紹介してよいかお尋ねすることもなく、ここに載せてしまいましたが、きっと私だけでなく、さまざまな方にこの詩や絵が届くことを、心から喜ばれる・・・そんな方ではないか、と直観で勝手に思っているので、紹介いたしました。(次にお会いした時に「事後報告」いたします)

私の誕生月すばらしいプレゼントをいただきました。

(ネットの情報によると新さんのお誕生日も私の2日違いの今月でした!)

次は個展に必ず伺いますね。また新さんと新さんの絵たちに出会うのを支えにしながら日々楽しく、そして優しく・・・過ごします。

こちらは初めて出会ったときに描いていらした絵。写真ではなかなか魅力が出せないのですが・・・

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こちらが二度目に出会ったときの絵。先日とは違う場所で違う絵の作成が始まっていました。こちらの写真は、何と新さん自ら私のカメラを握りシャッターを押してくださいました。やっぱりご本人が撮るとまったく違う・・・ 新さんも「うまくいった」と御満足の様子でした^^

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シンさんとの出会い-②

新さんは不思議な方でご自分の描きかけの絵を「どうぞ、どうぞ」と言って、写真で撮ることを喜んで許してくださる。・・・そんな新さんの笑顔と新さんの絵の言葉では到底表現しきれない、純粋なまでの美しさに惹かれ、あっという間に人だかりができる。

お会いしたのが二度目であったことを覚えてくださったのだと思う(もっとも、小さな子ども二人を連れながら、絵のお話をあれやこれやしたので、覚えやすいとも思う、笑)

「僕にもプレゼントをください」

「どんな?」

「自分が好きなもので絵は三番目。二番目は詩を書くこと。今、詩を書きたいので、題名をください」

・・・今回の曼珠沙華の群生を眺めていて、私の心象に強く残ったのは「光」。その心に映った光は到底カメラでは表現できず、「何年か後には私もこの場でスケッチをする」と心に決めたくらい、私の心に映った「光」は印象的だった・・・そんなことを感じながら歩いていて出会ったのが、この新さん(1回目の出会い)。新さんの絵を拝見するとやっぱり「光」をとにかく美しくとらえていらっしゃっていて、初対面にもかかわらず新さんの絵を観ながら二人で「光」について語り合ってしまった。

・・・ということで、すぐにうかんだのが「光」

「光・・・光でお願いします」

「光ね。いい言葉ね!」

新さんは、大学ノートを出してすぐその場で即興詩を書き始めた。

(つづく)

シンさんとの出会い・・・①

曼珠沙華の群生地を歩いていたらとある画家さんに会う。名前は「新(しん)さん」。

新さんとはこの秋同じ地ですでに二回お会いする。初めての出会いは私のお誕生日当日。

出会うべくしてお会いした人・・・私の中では勝手にそうなっている。

・・・というのも新さんの絵があまりにも私の心を打つので気になって、あとで調べてみたら、中学生の頃交通事故に遭い、その後遺症でひどい頭痛に見舞われたと言います。

絵を描くとその頭痛が和らぐ・・・それから絵を描くようになった、とネットで見つけた新さんの紹介にはそのようにありました。

新さんに出会うほんの2日ほど前、アクリル絵の具でなぐりがきをしながら、自分の中で「あぁ、自分はこういうものを描きたいんだ・・・」というのを、生まれて初めて確認できた、ということがあった。

その私の中で「確認」したものと、新さんの絵とが私の中で、強くつながったような気がするのだ。

(つづく)

Wednesday, 18 August 2010

じぶん

海の色は青い(蒼い)なんて誰が決めた?

空の色は一面同じ色である必要なんかある?縦に割って左右別の色だっていいじゃない?

花弁の色と葉、茎の色があべこべだっていいじゃない?

木の色は緑(碧)なんて誰が決めたの?

いるかの色だって青である必要なんかないよね。

・・・という具合で色を塗ってみて、出来上がったものを眺めたら、けっこう気に入った。

私が絵を描くのは好きだけれど嫌いなのは、見たままに正確に描かなければ(そうではないのかもしれないけれど)いけないことが嫌いで、できなかったからなのだ、と今頃になって気づいた。

ピンクの海にとび跳ねる緑やオレンジのイルカ。空は左側がうすい緑で右側が黄土色。波しぶきは赤。

本当のじぶんはこういう表現をしたかったんだ。

心理学の投影法が興味はあっても好きではない理由は、私はこうして「本当の自分」を表現しないで、「きっとこう表現すればいいんんでしょ?」という表現を(ようはうそをついて)し続けてきたからなんだ、とも気づく。

Sunday, 13 December 2009

センスを磨くには2

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↑昨日出会った十月桜。青空に映えて・・・ 今年鉢植えも手に入れることができ、毎日花を眺めています。

先日、私のお気に入りのスペースのオーナーさん(私と同じ名前)に尋ねてみました。

<センスを磨くために日頃からどのようなことをやっていますか?>

「無、無心になる時間を一日ほんの短い時間(5分)でもいいから作ること」

昨日ふらりとまた出かけたら、「この前、私に訊いたでしょう?私も訊かなきゃ。Freyaさんは何をしているの?」と不意打ちをくらいました(笑)

「・・・(少し困って)・・・こうしていろいろな人に尋ねること」(笑)

 ちなみに、その場に置いてあった『誕生日大全』によると、私はどうも本質的に「怠惰」なようです。なーんだ。自分は真面目なんだと思っていたけれど、いつもどこか限界を感じていて「でもそんな自分がいけないんだ」なんて思っていました。本質的に怠惰なんだって、本を通して言ってもらえたら、何だかいろいろ背負っていたものが一気に下りていきました(笑、あぁ良かった)。これからは喜び、自信を持って怠惰に生きよう(笑)

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Wednesday, 02 December 2009

クリスマス・リース

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久しぶりに(子供が生まれてからは初めて)、人中で物作りに没頭しました。

このリースをめぐって、書きたいことがたくさんありすぎるので、わけて、わけて言葉にしていけたらいいな~と思っています。

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