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Sunday, 15 February 2009

センスを磨くには

<センスを磨くには?>
しばらく前からの自分のテーマなのです。

先日遊びに来てくれた建築士をしている従姉妹に、単刀直入に尋ねてみました。

「好き-嫌いの先入観なく、物を観ること。看板とか、ショーウィンドウのディスプレイ(色と形、組み合わせなど)、花の色、空の色など何でも」

”好き-嫌いの先入観なく”というのが要なのだろうな・・・と、自身を振り返りながら思いました。

(そういえば、この従姉妹、私の結婚式で、「建物を眺めに行く」と言ってふらりと出かけ、親族顔合わせにも現れず、このまま式の始まりにも戻ってこないのではないかしら・・・と危ぶまれたこともありました(笑)。彼女のそんなところを私は尊敬しているのかもしれません)

この記事を読んでくださった方にもぜひお尋ねしたいです。

<センスを磨くためにはどうしたらよいですか?>

どなたでも大歓迎です。気軽にコメントを残していただけたらうれしいです!

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Wednesday, 07 November 2007

フジコに出会う

少し前のことになりますが、11月3日の文化の日、この日は夫の誕生日でもあるので、私と夫とべびさん(まだ「誕生日」はないけれど・・・)のお誕生日プレゼント第2弾に出かけてまいりました。

フジコ・ヘミング&ミッシャ・マイスキー@東京文化会館。
今回もらったパンフレットで気づいたのですが、フジコはスペルをFujikoからFuzjkoに変えていました。その理由を聞くことはなかったのですが、きっと自分のアイデンティティにまた新たな在り方が出てきたのかな・・・と推測しました。

フジコ・ヘミングを初めて知ったのは、1999年頃、まだ今のようには知られていなかったのですが、NHKの番組で取り上げられたとき。

それから今まで、この人の語りとピアノの音色に何度も何度も慰められてきたのにも関わらず、ライブで聴くのは今回がまったく初めてでした。

私のフジコに寄せる想いは(ピアノの音色だけではなく、むしろその波瀾万丈な人生、人柄、生き方、哲学、絵、そして猫が大好きなこと)、語り始めると、ものすごく長くなると思うので、ここでは書きません。ただ、私自身が、ものすごく苦しく、辛く、何度も人生をあきらめかけた数年間を過ごしていた時期に、彼女に出会い、映像で見る彼女と、彼女の醸し出す音色に、心から慰められ、支えられ、ここまで来たことだけ記しておきます。

初めてライブで聴いた彼女の醸し出す音色。
悲哀、苦しみ、優しさ、強さ、激しさ、太さ、ほとばしるエネルギー、「人生は大変だけれど、でも生きていかなきゃ」・・・

聴いていてそんな言葉が浮かびました。
今回、生で初めて聴いて気づかされたのは、彼女の演奏の特徴。
彼女は、音を埋めるように弾くのではなくて、むしろ”間(ま)”を上手に作り、音と音の間の間を味わいながら弾いている、そういう印象を持ちました。

彼女の演奏は誰にも真似できない個性的なものです。

ショパンを弾くフジコではなく
フジコのショパン、
フジコのリスト
になっているのを感じました。
私は、この人の演奏のそこに惹かれるのだと思います。

確かに音はよく外すけれど、誰にも真似できない個性的な表現、しかもそれが聴く人の心を深く強く揺り動かすほどの力を持つ。
私も彼女の演奏の中でも一番大好きな曲、ラ・カンパネラでは、たぶん人中で音楽を聴いて、ここまでぼろぼろ涙を流したのはまったく初めてだと言えるほど泣けて泣けて仕方がありませんでした。

それでこそ、芸術家なのだと思います。

この数日後、テレビで米良美一さんが出演していて「誰が認めてくれなくたって、演歌が好きならみかん箱の上で歌っていればいい」と話していましたが、フジコの演奏と、米良さんの言葉があわさって、私の心に響いてきました。

ここではまったく触れられなかったミッシャ・マイスキー、思いがけず、これまた私の思い入れの深い曲、無伴奏チェロ組曲第一番が聴けて深く感動しました(こちらも泣きました)。彼のチェロの音色はまるで「人間の声」のよう。それがまた感動を呼ぶような気がします。いい演奏でした。

できるだけ短く書こうと思った今回の日記。
やはり長くなってしまいました。
読んでくださってありがとうございます。

そんな文化の日を過ごしてきました。

フジコのアルバムを少しずつ聴き比べをしています。
その中でこのアルバム↓は選曲だけでなく、その演奏も、私はとても気に入りました。ベスト盤を一枚欲しいという方にはまずお薦めします。彼女の魅力はその演奏だけでなく、人柄、語り口調だと私は思います。DVD(英語のインタビューですが)つきなのもこのアルバムの魅力です。

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Thursday, 11 October 2007

生け花展での発見

この前の日曜日に、草月流第三代家元 勅使河原宏展を観てきました。
草月流は、私の祖母が初代家元蒼風先生に師事し、その後草月流の顧問を務めていたこともあり、私にとって文字通り生まれたときから身近な存在でした。

祖母に生け花を習ったこともありましたが、子どもの頃は、まったくと言ってよいほど、その芸術性も精神も理解ができずにいました。大人になって、少し草月の作品も観る目も育ってきたのでしょうか。幼い頃の「何で我が家では、枯れたひまわりを大事に飾っているのだろう・・・」という疑問が今回初めて解けたのです。あれは初代家元蒼風先生の代表作に倣っていたものだったのです。それを初めて知り愕然としてしまいました。そのような”ゲイジュツ”だとはいざ知らず、小さな私は、枯れたひまわりの種を時折掘り出しては少しずつ穴だらけにして楽しんでいたのでした・・・ あぁ、おばあさんごめんなさい!

そんな発見もありつつ、宏第三代家元の、次のようなことばに出会いました。

「私は最近、いけばなが時間と共に消えてなくなるところに、非常に教訓的なものを感じています。”消えてなくなる”ということは、そのカラッポになったスペースが、次のものを待つという姿勢になることです。
”空間が期待する”。だから新しいものが必然的に生まれてくるーという図式回流が生まれてくるわけです」

数年前、大きな大事なものを一気に失ったできごとがあり、負った傷はなかなか癒えるものではありませんでした。その後数年間、そのことが思い出されるたびに、悲嘆にくれていました。
その頃に、目から鱗だったと同時に大きな勇気をもらった言葉に、次の岡本太郎の言葉があります。

「法隆寺は焼けてけっこう。」
「自分が法隆寺になればいいのです。」

今回出会った宏家元のことばと、数年前に出会った岡本太郎のこのことばとが、私の中で繋がるような感覚に陥りました。

ただ厳密には、生け花と絵画は、大きな違いがあります。。
祖母がよく言っていましたが、「(画家である)おじいさんはいいわよね。だって、絵は残るもの。生け花は残らないから」という大きな違いです。

このことは別において、今回感じたこと。
ここ数年の私は、過去の”何か”にしがみつくことを、ようやくせずにいられるようになってきたように思います。そして、たとえば、大事なものを失ったことそのものにいつまでもしがみついてはただ悲嘆にくれるのではなく、「そうであるならば、自分が生み出していけばいいではないか」と思うことで、悲しみにエネルギーがとられるのではなく、反対に新たな前向きなエネルギーがわいてくるようになったように思います。

しがみついてきたものを手放し、新しいものを生み出すスペースが目の前に広がる瞬間は、確かに、心が踊るようにわくわくするものです。それがわかるようになってきたのも、ごくごく最近ですね。

勅使河原宏展を見ながら、今回はこのような発見がありました。

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