少し前のことになりますが、11月3日の文化の日、この日は夫の誕生日でもあるので、私と夫とべびさん(まだ「誕生日」はないけれど・・・)のお誕生日プレゼント第2弾に出かけてまいりました。
フジコ・ヘミング&ミッシャ・マイスキー@東京文化会館。
今回もらったパンフレットで気づいたのですが、フジコはスペルをFujikoからFuzjkoに変えていました。その理由を聞くことはなかったのですが、きっと自分のアイデンティティにまた新たな在り方が出てきたのかな・・・と推測しました。
フジコ・ヘミングを初めて知ったのは、1999年頃、まだ今のようには知られていなかったのですが、NHKの番組で取り上げられたとき。
それから今まで、この人の語りとピアノの音色に何度も何度も慰められてきたのにも関わらず、ライブで聴くのは今回がまったく初めてでした。
私のフジコに寄せる想いは(ピアノの音色だけではなく、むしろその波瀾万丈な人生、人柄、生き方、哲学、絵、そして猫が大好きなこと)、語り始めると、ものすごく長くなると思うので、ここでは書きません。ただ、私自身が、ものすごく苦しく、辛く、何度も人生をあきらめかけた数年間を過ごしていた時期に、彼女に出会い、映像で見る彼女と、彼女の醸し出す音色に、心から慰められ、支えられ、ここまで来たことだけ記しておきます。
初めてライブで聴いた彼女の醸し出す音色。
悲哀、苦しみ、優しさ、強さ、激しさ、太さ、ほとばしるエネルギー、「人生は大変だけれど、でも生きていかなきゃ」・・・
聴いていてそんな言葉が浮かびました。
今回、生で初めて聴いて気づかされたのは、彼女の演奏の特徴。
彼女は、音を埋めるように弾くのではなくて、むしろ”間(ま)”を上手に作り、音と音の間の間を味わいながら弾いている、そういう印象を持ちました。
彼女の演奏は誰にも真似できない個性的なものです。
ショパンを弾くフジコではなく
フジコのショパン、
フジコのリスト
になっているのを感じました。
私は、この人の演奏のそこに惹かれるのだと思います。
確かに音はよく外すけれど、誰にも真似できない個性的な表現、しかもそれが聴く人の心を深く強く揺り動かすほどの力を持つ。
私も彼女の演奏の中でも一番大好きな曲、ラ・カンパネラでは、たぶん人中で音楽を聴いて、ここまでぼろぼろ涙を流したのはまったく初めてだと言えるほど泣けて泣けて仕方がありませんでした。
それでこそ、芸術家なのだと思います。
この数日後、テレビで米良美一さんが出演していて「誰が認めてくれなくたって、演歌が好きならみかん箱の上で歌っていればいい」と話していましたが、フジコの演奏と、米良さんの言葉があわさって、私の心に響いてきました。
ここではまったく触れられなかったミッシャ・マイスキー、思いがけず、これまた私の思い入れの深い曲、無伴奏チェロ組曲第一番が聴けて深く感動しました(こちらも泣きました)。彼のチェロの音色はまるで「人間の声」のよう。それがまた感動を呼ぶような気がします。いい演奏でした。
できるだけ短く書こうと思った今回の日記。
やはり長くなってしまいました。
読んでくださってありがとうございます。
そんな文化の日を過ごしてきました。
フジコのアルバムを少しずつ聴き比べをしています。
その中でこのアルバム↓は選曲だけでなく、その演奏も、私はとても気に入りました。ベスト盤を一枚欲しいという方にはまずお薦めします。彼女の魅力はその演奏だけでなく、人柄、語り口調だと私は思います。DVD(英語のインタビューですが)つきなのもこのアルバムの魅力です。
Recent Comments